AI(人工知能)に注力している企業は儲かっているのか分析した論文

人工知能(AI)は、私たちの日常生活のみならず、ビジネスの世界でも急速に存在感を増しています。

中でも、マーケティングや営業活動においてAIの導入が進み、企業経営に大きな影響を与えているとされています。

しかし本当に、AIに注力する企業は儲かっているのでしょうか?

それを調べたのが、ディーキン・ビジネス・スクールのサガリカ・ミシュラ准教授らのチームです。

この調査では企業のAIへの注力度と業績との関係を実証的に分析しています。

対象となったデータは、約19,000社の15年分に及ぶ膨大なものです。本記事では、その研究内容と結果をわかりやすく紹介します。

定量的なデータによるAIと企業業績の関係性の分析

この研究が分析対象としたのは、米国の上場企業が提出する「Form-10K」という公的な報告書です。

この報告書は、企業の財務状況や経営戦略などを詳細に記述した年次の開示書類で、投資家や市場に対する情報提供の観点から非常に信頼性が高いものです。

研究者たちは、人工知能(AI)に関連する122のキーワードやフレーズを選定し、それぞれの企業の報告書において、これらの言葉がどの程度使われているかを計測しました。

こうした定量的なスコアをもとに、AIと企業業績の関係性を明らかにするために採用されたのが「同時方程式モデル」と呼ばれる分析手法です。

これは、企業の売上、利益率、広告費、従業員数といった要因が互いに相互依存しているという前提に立ち、複数の方程式を同時に推定することで、より正確な因果関係の把握を可能にするものです。

たとえば、AIへの注力が広告費に影響を与え、広告費が売上に影響し、売上が最終的に利益率へとつながるといった一連のメカニズムを一体として捉えます。

このような複雑な関係性を反映したモデルを用いることで、ただの相関関係ではなく、実際にAIが企業の業績にどのような影響を及ぼしているのかを精密に検証できます。

AIに注力している企業ほど純効率が良い

分析結果から明らかになったのは、AIに注力している企業は一部の側面ではコスト増加が見られるものの、全体としては企業パフォーマンスが向上しているということです。

具体的には、まず広告費の削減が確認されました。AIによって「誰に広告を出すべきか?」というターゲティングの精度が高まり、より少ない広告費で効果を上げられるようになっていることが要因と考えられます。

一方で、営業効率、つまり従業員一人あたりの売上という観点では、AIに注力している企業で短期的に低下する傾向が見られました。

これはAIの導入初期には新しいシステムへの習熟や業務プロセスの再設計が必要となり、一時的に効率が落ちることを意味しています。

しかし、注目すべきはその先にある成果です。

最終的な分析では、AIへの注力が売上利益率、マーケティング投資利益率、従業員一人あたりの純利益といった「純効率」の指標をいずれも押し上げていることが示されました。

つまり、短期的には一定のコスト負担を伴うものの、中長期的には収益性の改善につながるというのがこの研究の主な結論です。

なぜAIへの注力が利益につながるのか?

AIへの注力が企業の純効率を高める理由は、以下の「業務の最適化」「意思決定の高度化」「人的資源の再配置」の三つの側面で説明できます。

1.業務の最適化

まず、AIは企業内部の業務プロセスを効率化します。

たとえば、在庫管理や購買予測、価格設定といった繰り返し行われる業務において、AIは大量のデータをリアルタイムに処理し、最適な判断を導き出すことができます。

これにより、無駄な在庫の削減や仕入れコストの最適化が実現し、結果として企業全体の運営コストが抑えられます。

また、AIによって業務の自動化が進むことで、ヒューマンエラーの減少にもつながり、安定した生産性が確保されます。

2.意思決定の高度化

AIはマーケティングや営業の領域においても、意思決定の質を大きく向上させます。

AIは消費者の購買履歴やウェブ上の行動パターンを解析し、個別の嗜好に合った商品やサービスを提示することができるからです。

このようにパーソナライズされたアプローチは、従来の一律的なマーケティング手法よりも高い成約率を生み出し、より少ない広告費で売上を向上させることが可能です。

営業プロセスにおいても、見込み客のスコアリングや商談の進捗管理を支援することで、営業担当者の生産性を高めます。

3.人的資源の再配置

さらに重要なのは、AIが人的資源の活用方法をも変えるということです。

AIによってルーチン作業が自動化されることで、従業員はより創造的で付加価値の高い業務に集中できるようになります。

たとえば、新規事業の企画や商品開発、顧客体験の向上といった分野に人的資源を再配置することで、企業は新たな成長の機会を獲得できます。

こうした戦略的な人材の活用は、効率を上げるだけでなく、企業の中長期的な競争力にも寄与します。

つまり、AIへの注力はコストの削減と付加価値の創出を同時に実現する手段であり、その結果として「純効率」、すなわち従業員一人あたりの最終的な利益を押し上げるということです。

市場競争の激しい業界ほどAIに注力していることの意味

今回の研究では、AIへの注力が企業の業績にどのように影響するのかを明らかにしましたが、さらに注目すべき点があります。

それは、競争の激しい業界ほど、AIに注力している企業が多く存在していたということです。

研究では業界ごとの競争度を示す指標の「ハーフィンダール・ハーシュマン指数(HHI)」を使って分析が行われましたが、この指数が高い市場で事業展開している企業ほど、AIへの注力が高かったのです。

つまり、激しい競争のなかで差別化や効率化を図るための手段として、AIを戦略的に活用しているのです。これは、AIが単なる技術革新ではなく、競争優位性の源泉として認識されていることを示しています。

AI導入の成果は、すぐに財務諸表上に表れるものではありません。しかし、企業が長期的に競争力を維持・強化するための重要な投資であることは間違いないでしょう。

参考文献:Mishra, S., Ewing, M.T. & Cooper, H.B. Artificial intelligence focus and firm performance.