商品やブランドが日々大量に生まれ、あらゆる選択肢がスマホで簡単に比較される現代において、消費者の目は以前にも増して厳しくなっています。
安いから、便利だから、といった理由だけで選ばれる時代は終わりつつあります。
代わって注目されているのが、「それは本当に信頼できるものか?」「見せかけではなく、本物なのか?」という視点です。
つまり、商品やブランドが「本物であること」が購買の意思決定に大きな影響を与えるようになっているのです。
企業側は、こうした消費者の本物志向を正しく理解し、それに応じたブランド設計やコミュニケーションを行う必要があります。
しかし、一口に「本物志向」といっても、その中身は一様ではありません。何を本物と感じるかは、消費者によって異なるのです。
その理解の助けとなるのが、モンペリエビジネススクールのファビアン・バルチ准教授らの研究です。
消費者が持つ本物志向の3タイプ
この研究では過去のデータや消費者に対する聞き取りによって、消費者の「本物を求める気持ち」を分類しました。
その結果、消費者の本物志向には以下の3つのタイプがあることが分かりました。
1.パーソナル志向
パーソナル志向(Personal Authenticity Seeking)とは、自分の内面や価値観に合った商品やブランドを求める傾向のことです。
これは商品の機能性や価格ではなく、「このブランドは私の生き方や信念に合っている」といった感覚に基づくものです。
たとえば、エシカルな理念を掲げる企業や、地元の職人による手作りの商品などが、自己の信条と一致したとき、強い魅力を感じます。
この志向を持つ消費者は、他人の評価や社会的ステータスよりも、自分自身が納得できることを重視します。そのため、ブランドが内発的な価値やストーリーを語ることが重要となります。
2.トゥルー志向
トゥルー志向(True Authenticity Seeking)は、事実や客観的な根拠に基づいた「本物らしさ」を求める傾向です。
このタイプの消費者は、商品やブランドの「裏付け」に価値を見出します。
たとえば、「100年続く老舗」「伝統製法による手作業」など、実際の歴史や製造過程、素材の由来などが明確にされている商品に信頼を寄せます。
この志向において重要なのは、情報の信ぴょう性です。
ブランド側が語るストーリーがどれほど魅力的でも、消費者がそれを「真実」として受け取れるだけの証拠や透明性がなければ、評価されません。
3.アイコニック志向
アイコニック志向(Iconic Authenticity Seeking)は、社会的に「本物らしく見えるかどうか」を重視する傾向です。
これは、伝統的なイメージや象徴性、あるいは一般的に本物と認識されやすいスタイルやデザインを評価する傾向です。
たとえば、クラシックなロゴやビジュアル、昔ながらのパッケージデザイン、老舗感を醸し出す言葉遣いや装飾などがこの志向に訴求します。
このタイプの消費者は、他者から「ちゃんとしたものを選んでいる」と見られることに価値を感じる場合が多く、ブランドの外見的な信頼感が購買の動機になります。
つまり、「実際に本物かどうか」よりも「多くの人がそう認識しているか」を重視するということです。
本物志向の組み合わせによる消費者プロファイルと対策
重要なのは、上記3つの本物志向は独立したものであり、人によって異なる組み合わせで存在するという点です。
研究では、それらの組み合わせと強度によって、4つの消費者プロファイルが特定されました。
1.パーソナル×トゥルー
パーソナルとトゥルーの2つの志向がともに高く、「表面的な本物らしさ(アイコニック)」には価値を見出しません。
このタイプの消費者は、ブランドや商品の裏側にある「真実性」に強く関心を持っています。
「昔ながらの製法を守っているか」「企業の信念がぶれていないか」「中身が本当に価値あるものか」といった点を重視するのです。
デザインや流行性ではなく、「本当に良いものを、自分の価値観に照らして選びたい」と考えるのが特徴です。
たとえ流行のブランドであっても、それが中身のない演出だけだと見抜かれれば、すぐに評価は下がります。
→ ブランドとしては、職人のこだわり、歴史、理念などを正直かつ丁寧に伝えることが重要です。見せかけのストーリーテリングではなく、信念の通ったブランド哲学が響く層です。
2.パーソナル×トゥルー×アイコニック
「中身が大事なのは当然だけど、演出や雰囲気も大事」と考えるタイプです。
たとえば、限定パッケージやヴィンテージ風のデザインなどが、しっかりした内容と組み合わさっている場合には、それを肯定的に捉えます。
逆に言えば、内容が伴っていれば、多少の演出は歓迎するのです。
この層は、実用性と情緒性のバランスを求めるため、機能・品質の裏付けと同時に、感覚的な魅力も必要とされます。
→ ブランドに求められるのは、「ちゃんと作っていて、かつセンスもある」という印象です。裏付けと文脈、世界観をセットで届けると効果的です。
3.中程度のパーソナル×トゥルー×アイコニック
3つの志向すべてに中程度の関心を持つ、いわばバランス型の一般消費者です。
市場全体で最も多くを占める層であり、いわゆる「平均的な価値観」の持ち主です。
この層は、「なんとなく信用できそう」「みんなが使ってるから安心」といった、印象や雰囲気に基づく判断をすることが多いです。
強いこだわりは持たず、「これは本物っぽい」「信頼できそう」と思えるポイントを広く浅く拾って判断します。
→ ブランドとしては、複雑な価値訴求ではなく、わかりやすく、一貫性のあるメッセージを発信することが重要です。ブランドストーリーや品質保証、パッケージ表現などが自然に一致していることが、彼らの信頼につながります。
4.無関心派:本物らしさに興味を示さない合理派
3つの志向すべてに関心が薄い、非常に珍しい層です。ブランドの背景や価値観よりも、価格、手軽さ、機能、利便性を優先します。
本物かどうかよりも、「今必要か」「コスパがいいか」のほうが重要なのです。
SNSでの話題性も、オリジナルのストーリーや伝統の訴求はピンときません。選ぶ基準は実利的であり、「ちゃんと使えるか」「安くて早いか」です。
→ この層に対しては、本物であるという訴求はそもそも効果が薄いです。むしろ、利便性、即効性、コストパフォーマンスの訴求が刺さります。
オーセンティシティを設計して不毛な価格競争から抜け出す
今回の研究では、消費者の本物志向が高いほど、ブランドに対してより高い価格を支払う意欲(価格プレミアム)があることも明らかになっています。
これは、消費者が「自分にとって本物だ」と感じたブランドや商品に対して、価格やスペックの比較を超えた精神的価値や意味づけを行っている証拠です。
機能的な良さだけではなく、「信頼できる」「自分らしい」といった、より深い動機が購買意欲を支えているのです。
このような背景を踏まえると、ブランドが価格競争から抜け出し、中長期的な支持を得るためには、オーセンティシティ(本物らしさ)の設計が不可欠であると言えます。
「誰に向けて語るのか」「その人にとって、どんな本物らしさが意味を持つのか」を正確に捉えたうえで、それをプロダクト、コミュニケーション、販売体験のすべてに浸透させる必要があります。
また、「本物志向」は、感情・理性・社会性といった多面的な要素で構成されています。
たとえば、ある人にとっては「信念を感じるストーリー」が刺さり、別の人にとっては「信頼できる産地や製法」が重要であり、また別の人にとっては「世間的に一目置かれるブランド」であることが決め手になります。
「本物」とは単一の概念ではなく、文脈によって意味を変える柔軟な価値なのです。
企業は自社にとって提供可能な「本物らしさ」を定義し、それを最も価値と感じてくれる人たちに丁寧に届けていく必要があります。
そうした積み重ねこそが、長く信頼されるブランドづくりにつながっていくのです。
参考文献:Bartsch, F., Zeugner-Roth, K.P. & Katsikeas, C.S. (2022). Consumer authenticity seeking: conceptualization, measurement, and contingent effects.