スタートアップがぶち当たる大きな壁に「資金調達」があります。
どんなに優れたアイデアや技術があっても、投資家にその価値を正しく伝えられなければ、支援を受けることはできません。
つまり、ここでもマーケティング的な視点が必要となるのです。
B2Iマーケティングで重要なこと
B2BやB2Cの一般的なマーケティングは「商品やサービスを顧客に届けること」にフォーカスします。
一方、投資家向けのB2Iマーケティングは「ビジネスそのものを投資家に売り込むこと」が目的です。
ここで重要なのは、投資家が非常に限られた情報しか持っておらず、かつ極めて不確実な判断を強いられているという点です。
スタートアップには過去の実績やブランド力がほとんどないため、投資家は「このチームは信頼できるのか?このビジネスは成功するのか?」ということを、限られた提案書や面談から読み取ろうとします。
つまり、スタートアップ側が発信する「シグナル」が投資判断を大きく左右するのです。
B2Iマーケティングにおいて重要なことは、この「シグナルのコントロール」なのです。
起業家がピッチで発する2種類のシグナル
出資を希望する起業家が、投資家の前でピッチやプレゼンをする番組がいくつかあります。有名なところでは、YouTUbeの『令和の虎』などがあります。
これらの番組を見ていると、起業家が発信するシグナルは大きく2つのタイプに分かれていることが分かります。
それは「情熱」と「データ」です。
前者は、世の中を良くしたいとか、自分ならそれが出来るといった夢やモチベーションで、後者は市場予測や自分たちの能力を示す数値や客観的事実です。
投資家から見たとき、どちらのシグナルが、出資の気持ちを喚起させてくれるのでしょうか?
「情熱」と「データ」のどっちが投資家に響くのか?
どのようなシグナルが、投資家の意思決定に影響を与えているかを調べた、メルボルン大学のグレッグ・ニラシー准教授らの調査があります。
この調査では、「CreativeDestructionLab(CDL)」というアクセラレータープログラムへの応募された、5,334件の提案書を分析しています。
これらの提案書は投資家やメンターに評価され、採用か不採用の判定を受けます。
研究チームはこれらの提案書に含まれるシグナルを、情熱に関するものか、データに関するものかに分類し、採用されたかどうかの結果と照合しました。
情熱に関するシグナルというのは、「amazing」や「excited」といった感情的な言葉などです。
データに関するシグナルというのは、財務データや特許の内容などです。
データのシグナルが採用されやすい
この調査の結果分かったことは、データに関するシグナルが多い提案書ほど、採用される確率が高かったということです。
特許、投資額、人材の持つ能力に関するデータが多くなるほど、投資家からは高く評価されるのです。
ただし、この効果には上限があり、一定量を超えると、それ以上のデータに関するシグナルを増やしても、評価は高まりません。
これは投資家側に、「資金も特許も人材もすべて揃っているのに、なぜこの段階で投資を求めるの?」といった違和感が働いてしまうことなどが要因と考えられます。
情熱だけでは疑われる
情熱に関するシグナルについては、マイナス評価となりやすいことが分かりました。
特に裏付けとなる実績やリソースがないのに、情熱的な言葉ばかりが並んでいると、「何かごまかしているのでは?」と疑われやすくなるのです。
しかし、上記のデータによるシグナルと一緒に情熱的な言葉があるときは、プラス評価となることが分かっています。
実績・技術・人材といった基盤がしっかりしてたうえで、情熱的なシグナルが発信されると、「このチームは本気でやっている」と判断され、信頼感を後押しするようになるのです。
B2Iマーケティングのポイント
この研究から得られる知見をもとに、起業家がすぐに実践できるB2Iマーケティングのポイントを詳しく紹介します。
1.情熱シグナルの調整
まず、「情熱」は起業家の熱意やビジョンを伝える上で欠かせない要素ではありますが、それ単体では説得力に欠けることを意識する必要があります。
つまり、「これがやりたいんです!」という強い思いを語るだけでは不十分であり、それを支える裏付けを示しましょう。
自分たちがすでにどれだけの資金を投じてきたのか、どのような知識やスキルを持つメンバーがチームにいるのか、過去にどのような経験を積んできたか、とセットで語ることが求められます。
そうすることで、投資家に対して「本気で取り組んでいる」という信頼を与えることができます。
2.提案資料の具体性
また、提案書の文章に具体性を持たせることも、信頼性を高める有効な手段です。
たとえば、「多くの顧客に支持されています」ではなく、「すでに50社に導入され、継続率は90%です」と書いたほうが、明確で説得力があります。
ただし、具体性には注意点もあります。既にある程度の資金力や事業実績を持っているスタートアップが、あまりにも目先の数字や細部ばかりを強調しすぎるのは良くありません。
「この会社は短期的な成果ばかりを追っていて、長期的なスケーラビリティや成長戦略に対する視野がないのでは」と受け取られるおそれがあります。
そのため、実績がある場合には、数字だけでなく将来的な展望や社会的なインパクトなど、より抽象度の高いビジョンも併せて示すことが効果的です。
3.成長ステージに合わせた調整
さらに重要なのは、自社の現在のステージに合わせて提案書のアプローチを調整することです。
まだプロトタイプ段階であれば、具体性や実績の提示は難しいかもしれません。
そのような場合は、限られた中でも信頼できるデータや顧客の反応などを工夫して具体的に示しながら、自分たちの強い意欲や市場への理解を丁寧に表現することが大切です。
一方で、すでに収益化の段階に入っているスタートアップであれば、それを裏付ける数字や実績を積極的に提示しながら、それをどう拡大していくのかという「未来の絵」も忘れずに描くようにしましょう。
このように、情熱、具体性、裏付け、成長ステージを考慮することで、投資家にとって納得感のある、B2Iマーケティングが可能となります。
B2Iマーケティングは毎日の積み重ねが大事
B2Iマーケティングに取り組むうえで、もう一つ見落とされがちなポイントがあります。
それは、提案書やピッチだけでなく、起業家自身の情報発信やSNSでの言動も、投資家にとっては「シグナル」として見られているということです。
研究でも、非公式な発言や外部とのやりとりから受ける印象が、評価に影響を与える可能性が指摘されています。
つまり、提案書の中身を磨くだけでなく、日頃から一貫性のあるメッセージを発信し、実績や思考の深さを伝えることも、広い意味でのB2Iマーケティング戦略の一部といえるのです。
起業家の発信は、顧客だけでなく、投資家の目も意識することが求められます。
参考文献:Nyilasy, G., Yi, S., Herhausen, D., Ludwig, S., & Dahl, D. W. (2024). Business-to-Investor Marketing: The Interplay of Costly and Costless Signals.