映画マーケティング成功の鍵は一貫性にあり:予告編のコメント内容と興行収入の関係

映画の公開前、SNSやYouTubeで予告編を流したり、インフルエンサーを使って宣伝したりします。

派手な映像や話題の俳優、感動的な音楽など、魅力的な要素が散りばめられたコンテンツは、観客の期待を高める大切な役割を果たしています。

しかし、これらの施策を行ったからといって、必ずしも興行収入が伸びるわけではありません。

事前の予告編が同じくらいの再生数やコメント数、バズりを計測しても、作品によって初動が全く異なるということは珍しくありません。

この違いを生み出す要因は何でしょうか?

実は、マーケティング施策によって発する「情報の一貫性」が関係しているというデータがあります。

例えば1本の映画で、何パターンかの予告編を流す場合に、それらに一貫したメッセージがあるかどうかが、興行収入に影響するということです。

情報の一貫性が高い映画ほど、初週の興行収入が高い

映画マーケティングによって発する情報の一貫性と興行収入の関係を調べた、キプロス大学のジュリア・カンパニ研究員らの調査があります。

この調査では、2015年から2017年の間にYouTubeで公開された143本の映画の予告編、合計413本に寄せられた約130万件のコメントを分析しています。

なぜ、視聴者側のコメントを分析するのかというと、同じ映画の異なる予告編で一貫した情報が発せられているのなら、視聴者の反応(コメント)も、同じようなものになるはずだからです。

研究者たちは、映画ごとに複数ある予告編のコメントを集め、それぞれの言葉の使われ方にどのくらいのばらつきがあるかを「tf-idf」という自然言語処理の手法を使って数値化しました。

簡単に言うと、コメント内で使われている単語が予告編ごとにバラバラであればあるほど「一貫性がない」と判断され、逆に同じような言葉で語られていれば「一貫性が高い」とされます。

コメントを分析した結果、情報の一貫性が高い映画ほど、初週の興行収入が高いという明確な傾向が確認されました。

さらに驚くことに、これまで重要視されてきた「コメント数」や「評価の高さ(バズ量)」よりも、一貫性のほうが売上への影響力が強いことも分かりました。

観客が新作映画を鑑賞するかどうか決めるときの心理

なぜ情報に一貫性がある予告編のほうが興行収入が高くなるのでしょうか?

その理由には、人間の心理と意思決定の仕組みが深く関係しています。

まず、人間は新しい商品や体験を選ぶとき、できるだけ「失敗したくない」と考えます。

特に映画のような経験財では、見る前にそのクオリティを完全に知ることはできません。そこで、限られた情報をもとに「これは面白そう」「これは自分に合っていそう」と判断します。

このとき、広告や予告編が示す情報が一貫していればいるほど、観客は映画の内容や雰囲気を正しく、安心して予測できるようになります。その結果として「この作品は面白いと判断して大丈夫そうだ」と自信をもって評価できるということです。

反対に、複数の予告編で示される情報やメッセージがバラバラだと、「この映画は何が言いたいの?」「自分が楽しめるかどうかよくわからない」と感じてしまいます。

このような「情報の矛盾」は、選択の不安や購買の先延ばしを引き起こし、結果的に「この映画を観よう」というモチベーションを下げてしまうのです。

さらに、情報が一貫していることで、観客同士の間でも「この映画はこういうものだよね」という共通の認識が生まれやすくなります。

そうすると、SNSや口コミで語られる内容もまとまりが出て、評判が広まりやすくなる効果もあります。

一貫性のある映画マーケティングの施策

映画マーケティングにおける「情報の一貫性」とは、コピーやビジュアルに整合性を持たせることだけにとどまりません。

予告編やSNS広告、コラボ投稿など、さまざまなチャネルを通じて発信される情報が、観客の頭の中で「ひとつの印象」として統合されることが重要です。

では、実際にどのような施策を講じることで、情報の一貫性を高めることができるのでしょうか。

映画マーケティングにおいて活用できる具体的なアプローチを紹介します。

1.複数の予告編間で共通のコアメッセージを維持する

映画マーケティングでは、異なるターゲット層に向けて複数の予告編を制作するのが一般的です。当然、アクションシーンを前面に出した予告編と、感動的な人間関係を描いた予告編では、内容はかなり変わるでしょう。

しかし、重要なのは、それらのすべての予告編に「一本筋の通った共通のメッセージ」が含まれていることです。観客がどの予告編を見たとしても、「この映画は○○な映画だ」とひとことで言い表せるような印象を持てる設計にすべきです。

「家族の絆」が中心テーマである映画なら、どんな角度の予告編でも、その絆の強さや温かさが感じられるシーンやセリフを必ず盛り込む必要があります。

内容を多面的に見せつつも、観客の頭に残るテーマや印象が統一されていれば、予告編の視聴後に脳内に残る印象も一貫したものとなります。

2.SNS広告やクリエイターコラボでも一貫した語り口を保つ

SNSを活用した広告展開やインフルエンサーとのコラボは、現代の映画マーケティングでは欠かせない手法です。しかし、媒体や発信者が変わることで、伝えるメッセージにバラつきが出てしまうことがあります。

そのため、複数のプラットフォームで展開する場合でも、共通のキーメッセージや感情トーンを設定し、それをすべての出稿物・コラボ先に共有することが重要です。

インフルエンサーに依頼する際も、ただ自由に語ってもらうだけでなく、伝えてほしい主題や感想の方向性をガイドラインとして共有する必要があります。そうすることで、SNS上のコメントや反応も統一された方向にまとまりやすくなります。

3.予告編リリース時のコメント内容をモニタリングし、軌道修正に活かす

予告編が公開されたあと、視聴者がどのようなコメントを残しているかを観察することで、広告が意図どおりに伝わっているかを確認することができます。

たとえば、明るく希望のある映画として伝えたかったのに、コメント欄には「重そう」「怖い映画だ」などの声が多ければ、メッセージがズレて受け取られているサインです。

このような場合は、次に出す予告編やSNS投稿のトーンや説明文を見直し、一貫性が高まるように調整します。

リアルタイムでチェックし、受け手の反応から逆算してメッセージを整えるマーケティング運用は、情報の一貫性を保つためにとても有効です。

4.クリエイティブの自由度を担保しつつ、認知される要素を固定する

マーケティングにおいて、すべての表現を画一化する必要はありません。むしろ、表現の幅や視覚的なバリエーションは、飽きさせず、幅広い層にアプローチするために大切です。

ただし、どんな広告でも「これはあの映画の広告だ」とすぐにわかる認知要素を持たせることが必要です。

ロゴ、色調、フォント、キャッチコピー、音楽、登場キャラクターなど、ブランド的な共通パーツを繰り返し使うことで、記憶に残りやすくなります。

また、感情のトーンもそろえておくと効果的です。シリアスで緊迫した映画であれば、明るく軽い音楽を使う広告は避けるといった配慮が必要です。

視覚・感情両面での統一感が、「印象の一貫性」を高めるカギになります。

5.プロモーション全体を物語の一貫性として設計する

映画自体がひとつの物語であるように、そのプロモーション全体も「ひとつのストーリー」として構成することで、一貫性が強化されます。

たとえば、最初に出すティザー動画では「謎めいた雰囲気」を演出し、続く本予告ではストーリーの核心に触れ、公開直前の動画では観客の感情を高めるような演出にする、といった設計です。

それらすべてが一貫して「この映画の魅力とは何か」を伝えていれば、観客の中で自然に理解と期待が積み上がっていくのです。

さらに、出演者インタビュー、舞台裏映像、SNSキャンペーンなども、その物語の一部として構成し、「映画そのもの」と「映画の伝え方」を一体化させることが理想的です。

「他の視聴者との共有感」が印象を強化する

映画マーケティングにおいて、一貫性というキーワードは「表現を画一化すること」と混同されがちです。

しかし本質的には、「観客の中に形成される印象を整えること」であり、そのためには自由な表現の中にも「芯」を持つ戦略設計が必要です。

ここでさらに知っておいてほしいのは、視聴者の印象が「企業側の意図」だけでなく、「他の視聴者との共有感」によっても強化されるということです。

ある予告編を観たあと、自分と同じ感想を持つコメントを目にすると、その印象はより強く、確かなものとして定着します。

共通の語りが広がることで、期待値が社会的に補強されるという現象が起きるのです。

この意味で、広告は発信であると同時に、反応を育てる「環境づくり」でもあります。

予告編の設計だけでなく、その後に生まれる口コミがどのように連鎖し、形づくられていくかまでを見据えることが、これからの映画マーケティングに求められる視点です。

一貫した情報は、観客の記憶に残り、共感を生み、動員につながります。

参考文献:Julia Kampani, Christos Nicolaides. (2023). Information consistency as response to pre-launch advertising communications: The case of YouTube trailers.