「最後まで見てもらえない」「覚えてもらえない」「バズらない」──。
動画広告を制作・運用するなかで、このような悩みを抱える広告主は少なくありません。
YouTubeやTikTok、Instagramなど、コンテンツが溢れる今の時代、興味を持たれなければ、広告は一瞬でスキップされてしまいます。
むしろ最後まで見てもらえる動画広告のほうが少ないといえるでしょう。
そんな中で、消費者に好かれる、動画広告を制作するにはどうすれば良いのでしょうか?
そのヒントを与えてくれるのが、近年注目されている「ニューロマーケティング」、つまり神経科学を用いたマーケティング手法です。
今回は、MRIで脳を観察した研究をもとに、動画広告の最適な構成を解説します。
動画広告を視聴しているときの脳を観察
広告を視聴しているとき、人間はどんな感情を持っているのでしょうか?
それを調べた、キングス・カレッジ・ロンドンなどの研究チームによる実験があります。
この実験では、合計113名の被験者に対し、合計85本のテレビCMを見せながら、fMRI(機能的磁気共鳴画像法)で脳活動を測定しました。
fMRIとは、脳内の酸素消費量を元に、神経活動を間接的に可視化する技術です。脳のどの部位が活性化しているか分かれば、どんな感情が芽生えているかも判断できるということです。
これによって、取得された脳のデータを「Neurosynth」という膨大な脳科学論文のデータベースと照合し、各広告視聴時に生じる感情を7つのカテゴリー(感情、記憶、社会的認知、実行機能、注意、言語、知覚)に分類しました。
また、広告の「どの瞬間に」「どの感情プロセスが」活性化していたかも解析し、タイムライン(時系列)に沿った詳細な分析が行われました。
動画広告を好きになるまでの脳内の流れ
分析の結果、動画広告が「好かれる」ときに脳内でどのような変化が起きているのかが、非常に具体的に明らかになりました。
1.最初の3秒で感情と記憶の領域が活性化
まず注目すべきは、広告の冒頭、最初の3秒間に起こる脳の反応です。
この短い時間の中で、視聴者の脳では「感情」と「記憶」に関わる領域が活性化していました。
つまり、最初の3秒で、その人の心をどれだけ動かせるか、過去の記憶とどのように結びつけられるかが重要なのです。
それによって、「この広告、好きかも」という第一印象が決まります。
2.中盤から終盤にかけては「認知」がはたらく
広告の中盤にかけては、「社会的認知」の領域が活発になります。
社会的認知とは、たとえば登場人物の気持ちを推し量ったり、ストーリーに共感したりするようなプロセスのことです。
このプロセスは、広告内容を理解するだけでなく、視聴者自身が広告の世界観や物語に感情的に巻き込まれるために欠かせないものです。
そしてこの反応は、最初の感情的な反応とは異なり、広告の中盤から終盤まで比較的持続的に続いていたことが示されています。
3.広告の終盤で最終的な好き嫌いを最終判断
広告の終盤に近づくにつれて、「実行機能」や「知覚」の領域も好意形成に関与し始めることがわかりました。
実行機能とは、思考や判断、意思決定といったより高度な認知活動に関わる脳の働きです。知覚の領域とは視覚や聴覚などの感覚処理を司る箇所です。
これらは、広告に対する評価の最終判断を行うプロセスだと考えられます。
誰かの脳の反応を見れば、他の人の動画広告に対する好感度も予測可能
とりわけ強く広告の好感度に影響していたのが、「感情」と「社会的認知」の2つでした。
心を動かされること、そして広告の登場人物に感情移入したり、物語の中に自分を重ねたりすることが、「この広告は良いもの」と思わせる決定的な要因だったのです。
さらに興味深いことに、こうした脳活動のパターンをもとに、被験者とは別の視聴者グループによる広告評価(つまり実際の一般的な好感度)も、予測できることが分かりました。
つまり、一つのグループの脳の反応を見ることで、他のグループに「この広告は好きですか?」と聞いたときの、答えを予測できるということです。
好かれる動画広告の構成方法
この研究から明らかになったのは、広告が好かれるためには、感情や共感を喚起する要素が非常に重要であるということです。
特に最初の数秒で視聴者の感情を動かすことができれば、その広告は好意的に受け止められる可能性が高まります。
また、感情だけではなく、「この人の気持ち、わかる」「このストーリー、共感できる」といった社会的認知の要素が、視聴者の脳に強く働きかけていることも分かりました。
では、これらを踏まえ、どのように動画広告を設計すれば良いのか、以下にポイントをまとめます。
(1)最初の10秒で感情に火をつける
研究では、視聴開始からわずか3秒で感情に関連する脳領域が活性化し、それが動画広告への好感度に強く関係していることが示されました。
つまり、導入のインパクトがその後の印象を左右します。
映像美や印象的な音楽、驚きや笑い、あるいは感動的な描写を取り入れることで、視聴者の感情を一気に引き込みましょう。
テキストやロゴだけで始めるのではなく、感情を動かす「演出」から入ることがポイントです。
(2)「誰かのストーリー」を入れる
感情に続いて、広告中盤から終盤にかけては「社会的認知」が好意形成に寄与することが示されました。
視聴者が登場人物の気持ちや状況に共感することで、広告への好感が高まります。
無機質な説明ではなく、「登場人物が登場し、目的や悩みが提示され、それを解決する展開」など、人間的な文脈を含ませましょう。
視聴者が「誰かのストーリー」に自分を重ねられる構成が効果的です。
(3)ロジックよりもフィーリングを優先する
広告の好かれ方は、数値的な情報処理(実行機能)よりも、感情的な反応に左右される傾向が強いことが示されています。
製品の性能や価格訴求に終始するよりも、「使うとどんな気持ちになれるか」「このブランドはどんな世界観を持っているか」といったフィーリングベースの訴求に重きを置きましょう。
視聴者の左脳ではなく、「好き」を司る右脳に届ける意識が必要です。
(4)登場人物の気持ちが伝わる演出を
社会的認知は、登場人物の感情や意図を「読み取ろうとする脳の働き」と深く関わっています。
そのため、キャラクターの表情や声のトーン、視線の動き、言葉遣いなどを丁寧に設計することが重要です。
視聴者が「この人、嬉しそう」「辛そうだけど頑張ってる」と感じ取れることで、心理的距離が縮まり、広告への親近感が高まります。
(5)広告終盤に向けては「納得」より「余韻」を意識
広告のラストでは、記憶や知覚のプロセスが関与してきます。なので、商品の機能や特徴などを訴求したくなりがちです。
しかし、このタイミングでは感情的なクライマックスや、メッセージ性の強いラストシーンを演出し、余韻を残すほうが好感度は、高まりやすいです。
たとえば、「希望のある笑顔」「象徴的な映像美」「短く強い一言」で締めくくることで、視聴者の記憶にポジティブな感情が残りやすくなります。
最初の3秒が勝負
今回の研究では、脳活動から広告の「好かれ方」を読み解くだけでなく、もう一つ興味深い知見が示されました。
それは、動画広告の冒頭10秒間における感情・共感の反応だけで、広告全体の好感度をかなり高い精度で予測できるということです。
つまり、最初の数秒で「好き」と思ったら、最後まで見ても「好き」と判断する可能性が高いということです。
これは、長尺動画を最後まで見てもらわなくても、その冒頭だけで広告のパフォーマンスをある程度評価できることを意味します。
たとえば、A/Bテストやインハウス評価の場面で、動画の冒頭10秒を評価するだけで、絞り込みが可能になるかもしれません。
また、短尺フォーマット(例:6秒バンパー広告)を設計する際にも、この知見は非常に参考になります。
視聴者は、意識するよりも早く、脳の中で「この広告が好きかどうか」を判断しています。
その判断の材料は、数値ではなく、感情であり共感です。だからこそ、最初の3秒が勝負なのです。
他社の好かれている動画広告も、そのほとんどは、たった数秒で心をつかんでいるのです。
参考文献:Chan, H.-Y., Boksem, M. A. S., Venkatraman, V., Dietvorst, R. C., Scholz, C., Vo, K., Falk, E. B., & Smidts, A. (2023). Neural Signals of Video Advertisement Liking: Insights into Psychological Processes and Their Temporal Dynamics. Journal of Marketing Research, 61(5), 891-913.