最近、CSRやサステナビリティを重視する流れの中で、「寄付つき商品」を企画する場面が増えてきました。
「この商品を買うと代金の〇%が環境保護団体に寄付されます」などというものです。
これは「コーズ・リレーテッド・マーケティング(Cause-Related Marketing)」と呼ばれる手法で、商品購入と社会貢献を結びつける取り組みです。
企業イメージの向上や、ブランド好感度アップにもつながることが期待されています。
コーズ・リレーテッド・マーケティングは、消費者にとっても企業にとっても「良いことづくし」に思えますが、果たして本当に売上につながっているのでしょうか?
そして、どんなときに効果が出るのでしょうか?
今回は、実際の販売データを使ってその効果を検証した最新の研究をもとに、コーズ・リレーテッド・マーケティングの「売れる仕組み」についてご紹介します。
スーパーマーケットで行われた調査
ウィーン経済大学のクリスティーナ・シャンプ教授らによる、コーズ・リレーテッド・マーケティングの効果についての調査があります。
対象となったのは、ドイツのスーパーマーケットで行われた、63件の寄付キャンペーンです。
商品には、ソフトドリンク、ペットフード、日用品など、いわゆるFMCG(日常的に購入される商品群)です。
分析に用いられたのは、2006年から2013年の8年間にわたる販売データです。
キャンペーンの実施期間中の売上データを週単位で集計し、寄付キャンペーンの有無によって売上にどのような違いが生じたかを明らかにしました。
加えて、寄付キャンペーン単体の効果だけでなく、価格プロモーション(値引き)との併用効果や、商品の価格帯、ブランドの市場ポジション、さらにはそのカテゴリーにおける商品の数(SKUの豊富さ)や価格差といった競争環境の影響も分析対象としています。
コーズ・リレーテッド・マーケティングが売上を増やす条件
データ分析の結果、まず明らかになったのは、コーズ・リレーテッド・マーケティングには一定の売上効果があるということです。
具体的には、寄付キャンペーンの実施によって、週ごとの売上が平均して約4.9%増加していました。
寄付額の平均は商品価格の3.2%であり、それに対して4.9%の売上増加が得られたことになります。
ただし、その効果は一律ではなく、ブランドや売場の条件によって、大きく変わります。
ブランド自体がよく知られており、商品価格が平均よりも安く、SKU数が少なく、かつ価格帯の幅が狭いカテゴリーでは、寄付キャンペーンによる売上効果が2倍以上に拡大する傾向が見られました。
一方で、ブランドがあまり知られておらず、価格も高め、カテゴリ内の競争が激しい場合には、寄付キャンペーン単体では目立ちにくく、売上に対するインパクトが小さくなることもありました。
ただし、そういった不利な条件にあるブランドでも、値引きと組み合わせてコーズ・リレーテッド・マーケティングを実施すると、効果が大きく改善する傾向がありました。
もともと選ばれる商品が、さらに選ばれやすくなるということ
この調査結果から言えるのは、コーズ・リレーテッド・マーケティングには売上増加の効果があるものの、それは「商品が消費者の視野に入るかどうか」にかかっているということです。
つまり、寄付そのものが売上を動かすのではないのです。
まずは「選ばれるチャンス」を得なければ、どれだけ優れた社会貢献活動であっても意味を持たないということです。
実店舗では、消費者は数秒以内に商品を選ぶと言われています。その短時間で目に留まらなければ、寄付の内容にまで目を向けることは期待できません。
コーズ・リレーテッド・マーケティングの訴求力は、ブランドの認知度や価格帯、パッケージの見やすさといった他の要素があって、初めて活かされるのです。
この点を誤解すると、せっかくのコーズ・リレーテッド・マーケティングも、消費者に知られず終わるリスクがあります。
企業が取るべきコーズ・リレーテッド・マーケティングの施策
寄付キャンペーンは、実施すれば必ず成果が出るという性質のものではありません。
重要なのは「どのブランドで、どのタイミングで、どのように実施するか」という設計の部分です。
これらの知見をもとに、企業が実務で取りうる対策を3つの観点から整理します。
① 自社商品が選ばれやすい状況をつくること
寄付キャンペーンの効果を高めるには、そもそも商品が「選ばれる可能性のある位置」にいることが前提となります。そのためには、店頭で目に留まりやすい価格帯に設定することや、競合と比較して「お得感」を感じさせることが大切です。
また、寄付内容を伝えるパッケージやPOPの見せ方も工夫が必要です。たとえば、商品前面に寄付の内容が分かりやすく記載されていたり、売場で専用の棚やアイキャッチを設置している商品は、そうでない商品よりも消費者の目に留まりやすくなります。
「目に入らなければ選ばれない」という基本を再確認する必要があります。
② 寄付だけでなく、値引きもあわせて使うこと
寄付キャンペーンは単体でも一定の効果を持ちますが、特にブランド認知がまだ十分でない商品では、寄付だけでは気づいてもらえないこともあります。そのような場合は、値引きと組み合わせて、まずは「検討の土俵」に上げてもらうことが大切です。
値引きによって商品が手に取られやすくなれば、その時点で寄付メッセージにも目が届く可能性が高まります。寄付は「最初のきっかけ」ではなく、「選択を後押しする一因」として機能することが多いため、まずは確実に検討対象に入る導線づくりが必要です。
③ シンプルで分かりやすいメッセージを伝えること
抽象的なフレーズや、寄付先・金額がよく分からない表現では、寄付の意義が伝わりづらく、購入の後押しにはつながりません。
寄付の内容を伝える際は、言い回しや表現方法にも注意が必要です。「◯円が寄付されます」「売上の○%を◯◯団体に寄付します」など、具体的でストレートな表現の方が、消費者に伝わりやすくなります。
特に短時間で判断される売場においては、一瞬で理解できる表現が重要です。
コーズ・リレーテッド・マーケティングの設計には、売上とのバランスだけでなく、ブランドの長期的な信頼構築という観点も欠かせません。
近年の消費者調査では、「社会貢献に積極的な企業に好感を持つ」と回答する人の割合が上昇傾向にあります。
特にZ世代やミレニアル世代を中心に、「どの商品を買うか」だけでなく「どんな企業を応援したいか」という視点で選ばれる時代が来ています。
その意味で、コーズ・リレーテッド・マーケティングは短期の売上施策としてだけでなく、ブランドのパーパス(存在意義)を可視化する手段としても活用することができます。
社会貢献の取り組みが真摯であるほど、消費者との中長期的な関係構築にもつながりやすくなります。
売上を伸ばす、好感度を高める、ブランドの信頼を築く、これらを同時に実現するために、寄付キャンペーンは今こそ、より戦略的に活用すべきタイミングに差しかかっているのかもしれません。
一時的な販促ではなく、中長期のブランド構築と考える
コーズ・リレーテッド・マーケティングの設計には、売上とのバランスだけでなく、ブランドの中長期的な信頼構築という観点も欠かせません。
最近では、社会的な姿勢や倫理観が企業評価の重要な要素となっており、消費者が企業を「応援するかどうか」を決める基準は、機能や価格だけではなくなっています。
米国の調査会社エデルマンが毎年発表している「トラスト・バロメーター」では、「自分が支持するブランドは社会課題に対して立場を示すべきだ」と考える消費者が年々増加しています。
日本においても、Z世代やミレニアル世代を中心に「共感できる価値観を持つ企業の商品を選びたい」といった声が確実に広がっています。
こうした背景を踏まえると、コーズ・リレーテッド・マーケティングは単なる販売促進策ではなく、企業のパーパス(存在意義)や価値観を体現する手段として再定義することができるはずです。
とりわけ、自社がどんな社会的課題に共感しているかを明確にし、それを消費者に対して誠実に伝えることができれば、ブランドと顧客の関係は「一度きりの取引」ではなく「共感を軸にした長期的な関係」へと発展していきます。
また、SNSでもブランドの社会貢献活動が、そのままブランドの「語られ方」となる時代になっています。
つまり、どんな寄付を、誰のために、どんな形で行っているかといった具体的な内容が、デジタル空間で消費者の支持や批判に直結しやすくなっているのです。
単に売場での施策としてコーズ・リレーテッド・マーケティングを行うのではなく、「なぜこの活動をするのか」「誰のどんな課題に貢献したいのか」といったストーリーを含めて、一貫性のある発信が求められます。
そうすることで、一過性の販促ではなく、企業と顧客の価値観を共有する接点として、大きな意味を持つ施策となります。
参考文献:Schamp, C., Heitmann, M., Peers, Y., & Leeflang, P. S. H. (2024). Cause-Related Marketing as Sales Promotion. Journal of Marketing Research, 61(5), 955-974.