近年、ブランドを取り巻く環境は急速に変化しています。映像コンテンツやSNS広告があふれる中で、視覚情報だけで差別化を図ることは難しくなってきました。
スクロールひとつで無数のビジュアルが目に飛び込んでくる時代において、視覚だけに依存したブランド表現は埋もれやすいという課題を抱えています。
その一方で、音の力が再び注目を浴びています。
音は一瞬で人の記憶に残り、感情を動かす強力な要素です。特に短いサウンドロゴや特定のメロディは、ブランドを瞬時に想起させる効果があります。
たとえば、Appleの起動音やNetflixの「タダン」といったサウンドは、数秒でブランドの存在感を伝える強烈なシグナルとなっています。
こうした事例は、音が持つブランド構築の可能性を改めて示しています。
視覚に頼りきったアプローチではなく、耳からの刺激を組み込むことで、ブランド体験全体が拡張される。ここに新しい競争優位のヒントがあるといえるでしょう。
ソニックブランディングの基本原理と進化
ソニックブランディングとは、ブランドを音で記憶させ、感情的な結びつきを強める手法です。サウンドブランディングと呼ばれることもあります。
その起源をたどると、ラジオ時代のジングル(※1)にまで遡ります。耳に残るフレーズや歌が聴衆の購買意欲を刺激し、商品や企業を印象づける役割を果たしていました。
テレビが普及すると映像と組み合わされ、映像と音の両面から消費者の心に残るブランド表現が生まれました。
近年は、デジタル技術の進展により「サウンドロゴ(音楽ロゴ)」という形で進化しています。これらは数秒から数十秒の短い音で構成され、特定のブランドを想起させるよう設計されています。
特徴的なのは、映像がなくても独立して機能する点です。アプリの起動時やデバイスの通知音など、日常生活のさまざまな場面で耳にすることで、自然とブランドとの結びつきが強まっていきます。
音がブランド戦略において独自の力を持つ理由は、人間の記憶と感情に直接作用するからです。
視覚的なロゴが「形」として覚えられるのに対し、音は「感覚」や「感情」と結びつきやすく、潜在意識に深く刻み込まれます。
そのため、短いサウンドロゴでも、長期的にはブランドに対する信頼や親近感を形成する効果が期待できます。
※1 【ジングル】テレビやラジオなどの音声・映像メディアで、場面の切り替わりや番組の節目に挿入される短い音楽やフレーズのこと。
デジタル時代の新たな消費者行動と音の役割
スマートフォンの普及やSNSの台頭によって、人々の情報接触は大きく変わりました。
動画は数秒でスキップされ、広告は簡単に閉じられてしまいます。
その一方で、音声コンテンツやポッドキャストの利用が増え、イヤホンを通じて常に何かを聴いている生活スタイルが一般的になっています。
このようなマルチスクリーン環境では、視覚的メッセージが見過ごされることも多いですが、音は短い時間でも強力に作用します。
たとえば、移動中にアプリを開いた瞬間に流れるサウンドロゴは、無意識のうちにブランドを想起させます。目を使わなくても「耳」から接触できる点は、他のメディア表現にはない強みです。
デジタル社会における課題は、情報過多の中でどうやって消費者の記憶に残るかということです。音はその突破口になり得ます。
ブランド認知を高めるだけでなく、ポジティブな感情や安心感を与えることで、継続的な選択や購買意欲にも影響を及ぼします。
視覚と聴覚を統合した体験設計が求められるのは、このような背景があるためです。
研究成果から読み解く「サウンドロゴの効果」
ここで、サウンドロゴの効果を実証的に分析した研究結果を紹介します。
デュイタン大学のスブハンカール・ダス博士らの調査では、約4,000人に対して25種類のデジタルサウンドロゴに関する意識を問うアンケートが行われ、最終的に2,632名の回答が分析対象となりました。
対象者は20代後半から40代前半の社会人層が中心であり、教育水準や職業も幅広く含まれていたため、消費者全体に近い傾向を把握できる調査といえます。
研究では、サウンドロゴがブランド価値に与える影響を以下の4つの観点から検証しました。
- ブランド認知(Awareness):音を聴いた瞬間に特定のブランドを思い出せるか。
- ブランド連想(Association):ブランドに対してポジティブなイメージや信頼感を持てるか。
- ブランドロイヤルティ(Loyalty):繰り返し選び続けたいと感じるか。
- ブランド品質評価(Quality):音を通じて製品やサービスの質に期待が高まるか。
分析の結果、最も強い効果を示したのはブランド認知でした。短いサウンドロゴが、他の広告要素以上に「瞬時の想起」を促すことが確認されています。
次いで、ブランド連想やロイヤルティにも有意な正の影響が見られ、消費者がブランドを信頼し、長期的に関わりたいと感じる要因になっていることがわかりました。
品質評価についても一定の効果が認められ、サウンドロゴは製品やサービスの信頼性を補強する役割を果たしているといえます。
特筆すべきは、これら4つの要素が相互に影響し合い、ブランド価値全体の約65%を説明できるという点です。
つまり、サウンドロゴは単独で効果を発揮するのではなく、他のブランド要素と組み合わさることで大きなインパクトを生み出しているのです。
この結果は、サウンドロゴを単なる演出とみなすのではなく、ブランド戦略における「戦略資産」として扱う必要性を示しています。
戦略資産としてのサウンドロゴの活用法
研究結果を踏まえると、サウンドロゴはブランド構築のさまざまな段階で活用できる実践的な手段であることがわかります。ここでは、実際の活用シナリオと注意点を整理します。
ブランドの成長ステージごとの活用
- 立ち上げ期:知名度が低い段階では、短く特徴的なサウンドロゴを繰り返し露出させることで「認知の入口」をつくることが重要です。映像やロゴだけでは記憶に残りにくい場合でも、耳からの刺激は瞬時に差別化を可能にします。
- 成長期・成熟期:すでにある程度認知されている段階では、一貫して同じサウンドを使用し続けることで、連想やロイヤルティを強化できます。長年使い続けること自体が信頼感や安心感の源泉となります。
音選びの基準
サウンドロゴを設計する際には、以下の点を押さえる必要があります。
- シンプルで覚えやすい:複雑すぎるメロディや過剰な音数は記憶に残りにくい。
- ブランドらしさを反映する:高級感を示したいのか、親しみやすさを出したいのか、音の質感で方向性を明確にする。
- 利用シーンに適合する:アプリ起動音、動画広告、イベント会場など、どの接点で流れるかを想定し、一貫性を持たせる。
リスクと課題
一方で、サウンドロゴの設計や運用を誤ると逆効果になる可能性もあります。
音が不快に感じられたり、場面に合わない形で繰り返されると、ブランド全体の印象を損なう恐れがあります。
また、中途半端に変更を繰り返すと記憶効果が失われ、せっかく築いたブランド資産が希薄化してしまいます。
結論として、サウンドロゴは導入して終わりではなく、長期的な運用と一貫した戦略が不可欠です。
ブランド全体のストーリーと統合し、他のコミュニケーション要素と同等に扱うことが求められます。
「AIが奏でる未来」—進化するサウンドブランディング
ソニックブランディングは今後、さらに多様な領域に広がると考えられます。特に注目すべきは、AIやパーソナライゼーションとの組み合わせです。
従来のサウンドロゴはすべての人に同じ音を届けていましたが、AI技術を用いれば、利用者の嗜好や利用状況に応じて最適化された音を届けることも可能になります。
たとえば、若年層と中高年層で微妙にトーンを変える、朝と夜で音のテンポを変えるといったアプローチです。
また、スマートスピーカーや音声アシスタントの普及により、「声」との一体化も進むでしょう。サウンドロゴが単独で存在するのではなく、対話的な音声体験の中で自然に組み込まれていく未来が想定されます。
この場合、ブランドは「サウンドロゴ+声質+発話スタイル」という包括的な音の設計を行う必要が出てきます。
一方で課題も少なくありません。まず、グローバル展開における文化差です。ある地域では快く受け入れられる音が、別の地域では違和感や不快感を与える場合があります。
さらに、音は著作権や類似性の問題も発生しやすく、オリジナリティを確保することが大きな挑戦になります。
こうした課題に対応するには、単発的な制作にとどまらず、長期的な視点で「音の資産管理」を行う仕組みが求められるでしょう。
ビジュアルのブランドガイドラインと同様に、音の使用方針や改変ルールを体系化することが不可欠です。
音で築く「記憶資産」
視覚中心の情報環境において、音は差別化の新たな手段として存在感を増しています。
サウンドロゴは単なる演出効果ではなく、ブランド認知を高め、ポジティブな連想を生み出し、長期的な信頼や選好を築く戦略的資産であることが研究によっても裏付けられました。
その効果は、ブランド認知から品質評価に至るまで幅広く及び、ブランド価値全体の大部分を説明できるほど強力です。
ただし、その力を十分に発揮するには、計画的な設計と一貫した運用が必要不可欠です。短期的な流行やキャンペーンの道具ではなく、長期的なストーリーテリングの一部として組み込むべき存在といえるでしょう。
デジタル時代において、ブランドが直面する最大の課題は「いかに記憶に残り、選ばれ続けるか」です。サウンドロゴは、この問いに対する有効な答えのひとつです。
今後さらにテクノロジーと融合し、より精緻で個別化された体験を提供できるようになれば、ブランド価値を一層強固にする基盤となるでしょう。
参考文献:Das, S., Sandhu, K., & Mondal, S. R. (2022). Music logos drive digital brands: an empirical analysis of consumers’ perspective.