「記憶に残る仕掛け」や「思わず話したくなる体験」が、消費者の心を動かす──そんな期待からゲリラ的な手法は数多く活用されてきました。
従来型の広告が飽和する中で、街角の突発的な演出やSNSでの予想外の拡散は、新鮮な驚きを提供し、ブランドの存在感を一気に高めると考えられてきたのです。
しかし、本当にそれは売上につながっているのでしょうか。話題にはなっても購買行動に直結しないのでは、施策としての価値は限定的だといえます。
短期的な注目を得るだけで終わるのか、それとも消費者の意思決定にまで影響を及ぼせるのか──この問いは、実務に携わる人々にとって避けて通れないテーマです。
実証研究を参照しながら、ゲリラ的手法がどのように購買行動へ影響するのかを解説します。
広告が届かなくなった時代の現実
かつてはテレビCMや新聞広告といった大規模な媒体に投資すれば、多くの人々に商品やサービスを認知してもらうことが可能でした。
しかし現在、デジタル広告があふれる環境の中で、人々は広告を「見ない」「覚えない」傾向を強めています。
情報の洪水状態では、目に入ってもすぐに忘れられ、心に残る体験につながりにくいのです。
特にスマートフォンの普及によって、消費者は自分が関心のある情報だけを選び取り、不要なものは瞬時にスキップする力を身につけています。
そのため、従来型の広告投下では十分な効果を得ることが難しくなっています。
こうした状況は、単なる宣伝手段の見直しを迫るだけでなく、消費者心理そのものを理解した新しい接触方法の開発を求めています。
「驚き」と「没入感」で差をつける手法
このような文脈で注目されているのが、ゲリラマーケティングと呼ばれる非伝統的なアプローチです。
特徴は、少ない予算でも大胆な発想と創造性を活かし、受け手に驚きや没入体験を与えることにあります。
街頭に出現するインパクトのあるビジュアル、突発的に展開されるイベント、SNS上での拡散を狙った仕掛けなど、多様な形をとります。
一般的な広告のように「一方的に伝える」のではなく、体験として「参加させる」「共有させる」ことに価値を見いだしている点が特徴的です。
さらに、SNSの普及によって個々の体験が即座に拡散されるため、物理的な場を超えて多くの人に届きやすくなっています。
結果として、単なる知覚以上の記憶や会話のきっかけを生み出すことが可能となります。
しかし、こうした手法は常に成功するわけではありません。どのような要素が実際に購買行動につながるのかは、従来十分に検証されてきませんでした。
ここで重要になるのが、実証研究に基づいた分析です。
デジタルネイティブ世代の購買心理
特に注目すべき対象が、1981年から2000年頃に生まれたミレニアル世代です。
彼らはインターネット環境の急速な拡大期に成長し、情報検索や比較、そしてオンラインでの交流を自然に行ってきました。
そのため、従来の広告に対しては懐疑的であり、より「本物らしさ」や「限定性」「共感できる体験」に強く反応する傾向があります。
さらに、この世代は他者とのつながりを重視するため、仲間やオンラインコミュニティの意見が購買行動に大きな影響を与えます。
つまり、広告そのものよりも「誰が紹介しているか」「どのように語られているか」が重要なのです。
こうした特徴を踏まえると、彼らの購買行動を理解するためには、ブランドへの信頼感やイメージ形成の仕方、さらには社会的証明としての口コミや拡散の影響を精緻に分析する必要があります。
まさにこの点を実証的に調査したのが、モンクット王工科大学のビラル・ハリド博士の研究です。
実証研究の全貌
調査は442名の回答者を対象にアンケート形式で実施され、アンブッシュ広告、バズ広告、ストリート広告、バイラル広告という4つの主要手法について、それぞれが購買意思決定に与える影響を統計的に分析しました。
さらに、ブランド認知度やブランドイメージがその効果をどのように媒介するのかも検証されています。
このように、単に理論を語るのではなく、実際の消費者行動データをもとに定量的な検証を行った点が大きな特徴です。
各手法の効果と意外な結果
研究結果からは、ゲリラ的手法の中でもその効果に大きな差があることが明らかになりました。
- アンブッシュ広告
イベントや社会的場面に割り込む形で存在感を示すこの手法は、最も強く購買意思決定に影響していました。消費者に「予想外の出会い」を提供することで、強烈な印象を残すと考えられます。 - バズ広告
口コミや会話を自然に生み出す仕掛けは、購買行動に直結しやすいことが確認されました。他者との会話を通じて信頼感が強まり、意思決定が後押しされるのです。 - ストリート広告
街頭で展開される大胆なビジュアルや体験型施策は、記憶への残存効果が高く、購入意欲にも正の影響を与えていました。 - バイラル広告
一方で驚くべき結果が示されました。SNSなどで拡散されやすいバイラル広告は、必ずしも購買に結びつかず、むしろ逆効果をもたらす可能性があると報告されたのです。
この知見は、「話題になること」と「売上に直結すること」が必ずしも一致しないという現実を示しています。
拡散が逆効果を生む理由
バイラル広告が逆効果となり得る理由について、いくつかの要因が考えられます。
第一に、情報過多の環境において、過度に拡散されたコンテンツは消費者に「押し付けられている」という印象を与え、信頼を損なう可能性があります。
第二に、バイラル化を狙いすぎると誇張表現や過激な演出に頼りがちになり、それが「不自然さ」として受け取られる場合があります。
さらに、拡散の過程で内容が文脈から切り離されてしまうと、本来伝えたいブランド価値が正しく伝わらず、単なる「面白ネタ」で終わってしまうことも少なくありません。
結果として、知名度は上がっても購買にはつながらない、いわゆる「バズ止まり」の状態に陥るのです。
この点からも、拡散の数を目的化するのではなく、消費者との信頼関係をどのように築くかが核心的な課題であるといえます。
ブランドの顔としての認知とイメージ
研究では、ゲリラ的手法が購買行動に影響を及ぼす過程において、ブランド認知度とブランドイメージが重要な媒介変数として働くことが確認されました。
たとえば、アンブッシュ広告やストリート広告は、単に商品を「知っている」という認知に留まらず、「面白い」「革新的だ」といったポジティブなイメージ形成に直結しやすい傾向があります。
こうしたポジティブな感情が積み重なることで、最終的に購買意思を後押しするのです。
一方で、バイラル広告は認知度を高める効果はあるものの、ブランドイメージの向上には必ずしもつながらず、場合によってはイメージを損なうリスクすら抱えています。
つまり、知名度を広げるだけでは足りず、認知とイメージの質的なバランスが購買行動にとって決定的であることが示されました。
数字に表れる購買行動の変化
定量的な分析結果も興味深いものです。
研究に用いられた構造方程式モデリングによって、ゲリラ的手法がブランド認知とブランドイメージを経由して購買行動に影響を及ぼす様子が数値として明確化されました。
アンブッシュ広告は最も強い正の効果を示し、続いてバズ広告、ストリート広告が有効であることが統計的に裏付けられています。
これに対し、バイラル広告は購買行動との関連性が弱く、時には負の影響を与えることが検出されました。
この結果は、「どの手法に予算や労力を配分すべきか」を判断する際の重要な材料となります。
つまり、消費者の心を動かすのは一時的な話題性ではなく、印象の深さと信頼性であると数値的に証明されたといえるでしょう。
実務に活かすための指針
では、この研究から得られた知見を現場にどう活かせばよいのでしょうか。
重要なのは、単なる「派手さ」や「拡散力」を追求するのではなく、狙った対象層にとって意味のある体験を設計することです。
アンブッシュ広告の成功要因は「意外性」と「文脈の活用」にあります。消費者が予想していない場でブランドと遭遇することで、強い印象を残しやすくなります。
また、バズ広告が示す通り、会話を自然に誘発する仕掛けは、購買の後押しにつながります。
ここでは、押し付けではなく「共有したくなる楽しさ」や「他者に伝えたくなる意義」を組み込むことが鍵となります。
一方で、バイラル広告を利用する場合には、短期的な拡散を狙うだけでなく、ブランドの価値観や一貫したメッセージを壊さないよう注意が必要です。
長期的に見れば、拡散力よりも信頼と共感を醸成することの方が持続的な成果をもたらすからです。
参考文献:Bilal Khalid. 2024. Revolutionizing marketing strategies: analyzing guerrilla marketing, brand image, and brand awareness impact on Gen Y purchasing decisions.