従来のチャットボットは「よくある質問に自動で答える機械」として認識されがちでした。
しかし、現在のチャットボットは進化し、商品やサービスの紹介、利用方法の説明、さらには購入の後押しまで行えるようになっています。
例えばECサイトで「おすすめ商品を教えて」と入力すると、単なる情報提供ではなく、利用者のニーズに合わせた提案を返すことが可能です。
このようなやり取りは、実店舗の販売員が行う接客と非常に近い役割を果たしています。つまり、チャットボットは顧客体験をデジタルの世界で再現する新しい手段といえます。
購買意欲に影響する「価値認識」の変化
実用的価値と快楽的価値とは何か
人が商品を購入する際には、その商品がどのような価値を持っているかを意識します。大きく分けると、価値には二つの側面があります。
ひとつは実用的価値です。これは「便利」「効率的」「役に立つ」といった機能的なメリットを指します。例えば通信サービスなら「料金が安い」「回線が安定している」といった評価がこれに当たります。
もうひとつは快楽的価値です。こちらは「楽しい」「気分が良い」「ワクワクする」といった感覚的なメリットです。
旅行や娯楽商品はもちろん、日常的な商品でも「デザインが素敵」「使っていて気分が上がる」といった感覚が快楽的価値に含まれます。
デジタル環境が価値認識を変える
オンラインでのやり取りは、この二つの価値認識を変化させる可能性があります。
実店舗での買い物は体験そのものが快楽的価値を生みやすいのに対し、ウェブサイトでは効率性や情報のわかりやすさといった実用的価値が強調されがちです。
しかし、適切に設計されたチャットボットを通じた会話は、このバランスを補う役割を果たします。
つまり、商品やサービスの実用性をわかりやすく伝えるだけでなく、利用者に楽しさや安心感を与え、快楽的な側面も同時に引き出すことが可能になるのです。
最新研究が明らかにしたチャットボットの効果
ここからは、実際に行われた研究を紹介します。イタリアのラ・サピエンツァ大学の研究者たちは、チャットボットが顧客の購買意欲や商品に対する認識にどのような影響を与えるのかを実験で検証しました。
実験で検証された購買意欲の変化
研究では大学生184名を対象に、公式サイトにチャットボットが設置されている場合と、設置されていない場合を比較しました。
対象となった商品は二種類で、ひとつは旅行ブランド(快楽的商品)、もうひとつは通信サービス(実用的商品)でした。
その結果、チャットボットを利用したグループはどちらの商品でも購買意欲が高まることがわかりました。
特に購買意欲は約20%上昇しており、これは単なる情報提供を超えて、チャットボットが意思決定に影響を与えていることを示しています。
価値認識の「ずれ」を補正するチャットボット
さらに興味深い点は、チャットボットが顧客の価値認識を変化させたことです。
旅行のような快楽的な商品は「楽しさ」だけでなく「実用性」も感じられるようになり、通信サービスのような実用的な商品は「安心感」や「心地よさ」といった快楽的な側面が強調される結果となりました。
このようにチャットボットは、商品の持つ片側の価値に偏らず、もう一方の価値も引き出すことで、購買をより納得のいくものにしているといえます。
ブランド親近感に左右されない購買促進効果
通常、消費者が商品を購入するかどうかは、そのブランドをどれだけ知っているか、あるいは親近感を持っているかに大きく左右されます。
しかし研究では、チャットボットを利用した場合、この影響が弱まることが示されました。
つまり、ブランドに親しみがない場合でも、チャットボットを通じた接触によって購買意欲が高まる可能性があるということです。
これは、新しいブランドやまだ認知度が低いサービスにとって大きなチャンスとなり得ます。
実務への示唆 ― チャットボットを「営業担当」に育てる
顧客体験を設計する視点
チャットボットを導入するだけでは十分ではありません。購買意欲を高めるためには、やり取りの質が重要です。
返答のスピードが遅いとストレスを感じますし、回答が不十分であれば信頼を損ないます。
逆に、会話のトーンが親しみやすく、情報がわかりやすければ、顧客体験そのものが前向きな印象を残します。
ブランド戦略との連動
研究結果が示すように、チャットボットはブランド親近感に依存せずに購買意欲を高めることができます。
この特性は、知名度が低いブランドや新しく立ち上げたサービスにとって大きな力になります。
従来ならブランド認知を高めるために多大な広告投資が必要でしたが、チャットボットを戦略的に活用することでそのハードルを下げることができます。
継続的な改善とデータ活用
チャットボットは一度作れば終わりではなく、会話の記録を分析して改善し続けることが重要です。
よくある質問に対応するだけでなく、顧客のニーズや感情の変化を理解し、次のやり取りに反映することで「育つ営業担当」として機能します。
チャットボットが文化や世代に与える影響
チャットボットは単なる技術的な仕組みではなく、社会や文化に溶け込みつつある存在でもあります。
たとえば若い世代はメッセージアプリを使った対話に慣れているため、チャットボットとのやり取りを自然に受け入れる傾向があります。
一方で年齢層が高いユーザーにとっては、まだ「無機質な機械と話している」という感覚が強く、距離を感じやすいかもしれません。
また、国や文化によってチャットボットの受け止められ方にも違いがあります。欧州ではプライバシー意識が強いため、チャットボットに個人情報を伝えることに慎重な利用者が多いといわれます。
これに対してアジアでは利便性を重視する人が多く、スムーズな体験であれば抵抗感が少ない傾向があります。
さらに、将来的には音声認識や感情分析と組み合わせることで、現在の「テキストでのやり取り」を超えた進化が期待されています。
まるで人間の接客担当と会話しているかのような自然さを実現できれば、購買意欲を刺激するだけでなく、ブランド体験そのものを再定義することにつながるでしょう。
こうした背景を踏まえると、チャットボットは単なる販売促進の道具を超え、世代や文化を横断して「新しい接客の形」を形作る存在になりつつあるといえます。
参考文献:Lo Presti, L., Maggiore, G. & Marino, V. The role of the chatbot on customer purchase intention: towards digital relational sales. Ital. J. Mark. 2021, 165–188 (2021).