エナジードリンク、電子タバコ、認知機能を高めるとされるサプリメントなど、いわゆる「リスクを伴う商品」が若年層を中心に広がりを見せています。
これらの商品は、健康リスクや依存性の懸念が繰り返し指摘されているにもかかわらず、多くの若者にとって身近な存在となっています。
そこには即時的な魅力があります。たとえば、眠気を吹き飛ばし集中力を高める感覚、仲間と一緒に楽しむことで得られる一体感、あるいは新しいトレンドに参加しているという自己表現。
こうした「すぐに得られる快楽」は、未来の健康リスクよりも強いインパクトを持ちやすいのです。
しかし「なぜリスクを承知で手を伸ばすのか?」という問いは依然として残ります。この疑問に答えるには、人間の心理、特に複雑な感情の作用を理解する必要があります。
消費者心理の背景:快楽とリスクの天秤
人間は本来、目先の利益や快楽に引き寄せられる傾向があります。
行動科学や心理学の研究では、「将来の利益やリスク」よりも「目の前の心地よさ」が優先される現象が繰り返し報告されています。これを心理学的には「現在志向バイアス」と呼びます。
若年層は特にこの影響を受けやすいと言われています。脳の発達段階により、合理的な判断を担う前頭前野よりも、感情や報酬に反応する部位の働きが強く出やすい時期だからです。
そのため「楽しい」「すぐに効果を感じられる」という要素があれば、将来のマイナス要素を理解していても行動を抑えきれないことがあります。
さらに、若年層は社会的影響に敏感です。友人や同年代が行っている行動を「当たり前」と認識すれば、その規範に従おうとする傾向が強まります。
快楽とリスクの天秤は、個人の判断だけではなく、社会的文脈によっても大きく揺さぶられるのです。
アンビバレンスという感情状態
ここで重要となるのが「アンビバレンス」という心理状態です。
アンビバレンスとは、対象に対して「好き」と「嫌い」、「メリット」と「デメリット」といった相反する感情や評価が同時に存在している状態を指します。
例えばエナジードリンクを考えてみましょう。
飲めば眠気が覚め、試験勉強や長時間の作業に役立つという「良い面」がある一方で、カフェインの過剰摂取による不安感や健康リスクといった「悪い面」も存在します。若年層の多くは、この両方を同時に意識しながら選択を迫られているのです。
アンビバレンスは、単なる「中立」や「無関心」とは異なります。むしろ強い関心があるからこそ、正反対の感情が同時に浮かび上がります。
そのため、心理的には不快でありながらも、行動意欲を高める独特のエネルギーを生み出します。
研究が示す知見:若者はアンビバレンスにどう反応するのか
実際にこのテーマを扱った研究があります。
ボイシ州立大学のアン・ハンビー博士は、若年層がリスクを伴う商品に対してどのように反応するのかを実験や調査によって検証しました。
対象となったのは、エナジードリンクや電子タバコ、さらには認知促進剤といった商品群です。
検証の結果、アンビバレンスは、強い覚醒状態を引き起こすことが明らかになりました。
この覚醒は注意を限定し、長期的なリスクよりも短期的なプラス効果に焦点を当てさせます。その結果、若者は「試してみたい」「買ってみたい」という行動意欲を高めてしまうのです。
さらに、アンビバレンスの効果は社会的な文脈によって左右されます。
特に「仲間の多くが利用している」と感じられる状況では、アンビバレンスが後押しとなり、より積極的な行動につながることが確認されました。逆に、規範性が低い環境ではアンビバレンスの効果は弱まりました。
この知見は、若年層がリスクを理解しつつも行動を選んでしまう背後に、複雑な心理と社会的要因が絡んでいることを示しています。
社会的規範の力:仲間が決め手になる理由
若年層にとって「仲間がどう行動しているか」は、自分の判断に大きな影響を与えます。これは「社会的規範」と呼ばれる心理的な力で、同年代の行動が指標となりやすいのです。
例えば、電子タバコの使用率が高いと認識される環境では、「みんなが使っているから自分も試していいだろう」という心理が働きやすくなります。逆に「使っている人は少ない」と認識されると、アンビバレンスがあっても行動にはつながりにくくなります。
このように社会的規範は、アンビバレンスが行動へ変換されるかどうかを左右する重要な要素です。
数字や健康リスクに関する情報以上に、SNSでの発信や友人同士の会話といった日常的な接触が大きな影響を持ちます。
若者にとっては「何が正しいか」よりも「周りがどうしているか」が現実的な判断基準になりやすいのです。
実務的な示唆1:活用の視点
アンビバレンスの存在は、商品やブランドへの関心を高めるきっかけにもなり得ます。
意外に思えるかもしれませんが、ポジティブな点とネガティブな点を同時に提示することで、かえって注意を引きやすくなるのです。
例えば「眠気を吹き飛ばす強力な効果。ただし飲みすぎには注意」といったメッセージは、消費者に葛藤を生じさせます。
この葛藤がアンビバレンスを高め、最終的には「一度試してみたい」という意欲に結びつきやすくなるのです。
また、SNSとの組み合わせも見逃せません。二面的な情報をシェアしやすい形で発信すれば、自然と議論や口コミが広がりやすくなります。
その過程で「周りも関心を持っている」と感じられ、社会的規範と結びつくことで商品への注目度がさらに高まるのです。
短期的にはこのような仕掛けが、若年層の関心を引き寄せる有効な戦略となる可能性があります。
実務的な示唆2:リスク管理の視点
アンビバレンスを利用したアプローチは、若年層の関心を惹く点で効果的かもしれません。
しかし同時に大きな落とし穴も存在します。リスクを伴う商品でこの心理を活用しすぎると、短期的な売上は伸びても、長期的には社会的批判や規制強化を招く恐れがあります。
近年、エナジードリンクや電子タバコに関しては健康被害や依存リスクが公に議論されるようになっており、規制の対象になる国や地域も増えています。
そうした状況下で「良い面と悪い面をあえて見せる」戦略が、意図せず社会的非難を浴びるリスクもあるのです。
また、アンビバレンスを煽り続ける手法は、消費者の不安や迷いを長期的に増幅させる可能性があります。その結果、短期的には関心を集められても、ブランドへの信頼が失われてしまう危険性があります。
したがって、アンビバレンスを活用する場合は、健康や安全に関する正確な情報を同時に提供し、消費者の判断を尊重する姿勢を示すことが不可欠です。
社会的責任を果たしながら戦略を設計することが、長期的な信頼関係を築くためには欠かせません。
チャンスとリスクの両義性
アンビバレンスは単なる迷いではなく、商品に対する強い関心を映し出すサインです。
若年層にとってリスク商品は「良い面」と「悪い面」が混ざり合った対象であり、その揺れ動く気持ちこそが行動の原動力となり得ます。
一方で、アンビバレンスが生み出す行動意欲は社会的規範に強く左右されます。仲間が使っている、SNSで話題になっているといった認識があれば関心は高まり、逆に規範が低い環境では意欲は抑制されます。
この二面性を理解することは、若年層へのアプローチを考えるうえで重要です。アンビバレンスをうまく活用すれば商品への注目を集められる一方で、倫理的な責任を軽視すれば大きな反発を招きます。
つまり、アンビバレンスはチャンスであると同時にリスクでもあります。その力をどのように扱うかは、単なる販売戦略にとどまらず、社会的責任や長期的な信頼形成に直結する課題なのです。
参考文献:Hamby, A., Russell, C. How does ambivalence affect young consumers’ response to risky products?. J. of the Acad. Mark. Sci. 50, 841–863 (2022).