顧客が商品やサービスを選ぶとき、決め手となるのは価格や知名度だけではありません。
長く愛される企業には共通して「安心して任せられる」という信頼感があり、その背景には顧客満足度の高さがあります。
そして、その満足度を左右しているのは意外にも表には出にくい「経営者の力量」です。
どれだけ効率よく資源を活かし、社員を導き、顧客の声を形にできるか――その手腕が、企業と顧客との関係に大きく影響しているのです。
22年分のデータが示す経営力と顧客のつながり
「経営者の能力が顧客満足に影響を与えるかどうか」を調べたイースト・キャロライナ大学などの研究があります。
この研究では大規模な顧客満足度調査(ACSI)と、上場企業の財務データや経営者データを組み合わせた分析を行っています。対象となったのは1995年から2016年までの22年間にわたる139社、1,321件の観測データです。
経営者の能力は、企業の売上にどのくらい効率的に資源(人材、設備、研究開発など)を活用できているかを示す数値から測定しました。つまり、同じ条件でより良い成果を出す経営者ほど「能力が高い」と評価されます。
そして、この能力の高さが翌年の顧客満足度スコアにどうつながるかを回帰分析という統計手法で確かめました。さらに、広告費の規模やサービス業かどうか、業界の競争の激しさといった要素が、この関係に影響するかも調べました。
分析の結果、経営者の能力が高いほど顧客満足度は有意に上昇することが分かりました。
一方で、広告費や業界の競争の度合いは大きな影響を持たず、想定していた効果は見られませんでした。また、サービス業よりも製造業などの非サービス業で経営者の能力の効果がより強く出ることも確認されました。
さらに、顧客満足度が高い企業ほど株式市場での評価(トービンのq)が高い、つまり企業価値が上がることも再確認されました。
つまり「有能な経営者は顧客満足を高め、その結果として企業の価値も高まる」という流れが実証されたということです。
なぜ経営者の能力が顧客満足度に影響するのか?
なぜ経営者の能力が高いほど顧客満足が高くなったのでしょうか?
それは、有能な経営者ほど、会社の資源を無駄なく使って、お客様に良い商品やサービスを届けやすいからです。
たとえば、同じ材料や人員を持っていても、経営者の判断が優れていれば品質の安定やサービスの工夫につながり、結果としてお客様が満足しやすくなります。
一方で広告費や競争の激しさがあまり影響しなかったのは、広告や競争環境は短期的にイメージを変えることはあっても、根本的な満足度を作り出すのは日々の経営の仕方だからです。
つまり「広告で注目は集められるけれど、その後に本当に良い体験を提供できるかどうか」は結局経営者の腕にかかっています。
また、製造業などの非サービス業で効果が強く出たのは、製品の質や効率性が数字ではっきりと顧客満足に直結しやすいからです。サービス業は人の対応など感覚的な要素が多いため、経営者の能力だけでなく現場のスタッフの働き方や顧客の主観にも影響されやすいのです。
経営の質が左右する戦略の方向性
この研究は、経営者の能力が顧客満足を高め、最終的に企業価値を押し上げることを明らかにしました。
広告費や競争環境よりも、経営の巧拙そのものが大きな影響を持つという点は、企業にとって重要な示唆を与えています。
以下では、この結果を踏まえて企業が具体的に取るべき戦略について整理します。
1.資源の効率的活用を徹底する
研究結果は「効率よく資源を使う経営」が顧客満足を引き上げることを示しています。したがって、無駄な投資や重複業務を削減し、研究開発やサービス改善など、顧客体験に直結する分野へ重点的に資源を配分することが効果的です。
2.非サービス業では品質管理を強化する
特に製造業のような非サービス業では、経営者の能力が顧客満足に強く表れることが分かっています。そのため、製品設計から生産、アフターサービスまでを統合的に管理し、品質と効率を両立できる仕組みを構築することが戦略の柱となります。
3.サービス業では従業員教育に投資する
サービス業では経営者の能力だけでなく、現場スタッフの対応が顧客満足を大きく左右します。経営者は「人材の質をどう高めるか」に注力すべきであり、接客スキルや問題解決力を育成する研修、モチベーションを維持する評価制度を整えることが有効です。
4.短期的な広告より長期的な体験設計に注力する
広告費は顧客満足に大きな影響を与えないことが示されました。したがって、広告で一時的に顧客を呼び込むよりも、購入後の体験やサービス改善に投資し、顧客が「また利用したい」と感じる仕組みを設計することが長期的に企業価値を高めます。
真の競争優位は経営の質から生まれる
この研究が示すのは、顧客満足や企業価値の向上は決して外部環境や広告に左右されるものではなく、経営者の意思決定や組織運営の巧みさに根ざしているという点です。
特に現代の消費者はSNSやレビューサイトを通じて企業の姿勢を敏感に評価しており、短期的な宣伝よりも、持続的な改善と誠実な経営が信頼につながります。
つまり、経営者の能力を高める取り組みは、顧客満足を超えて企業の評判や社会的信頼の形成にも直結するのです。
企業がこの視点を持ち、長期的に「経営の質」を磨く努力を続けることこそが、真の競争優位を築く道であるといえます。
参考文献:Ngo, T., Mai, S., Siguaw, J., & Jory, S. (2021). The contribution of managerial ability on customer satisfaction: An empirical investigation.