デジタルトランスフォーメーション(DX)の波はマーケティングの世界にも押し寄せています。
大企業に限らず中小企業やスタートアップにおいてもデジタルマーケティングが取り入れられています。
しかし、それが必ずしも成果を上げているわけではありません。
デジタルマーケティングが失敗する要因は様々ですが、意外なものとして「競争志向の企業文化」が挙げられます。
それによってデジタルマーケティングを重視し過ぎるようになり、長期的な失敗につながるという皮肉な事例が多くあるのです。
こうした失敗を避けるためには、デジタルマーケティングと従来型のマーケティングをうまく組み合わせることが必要です。
デジタルマーケティングと従来型のマーケティング
ここでデジタルマーケティングと従来型のマーケティングについて、簡単に振り返っておきましょう。
どちらも「顧客に商品やサービスの価値を伝え、購入や利用につなげる活動」ですが、使う手段や顧客との関わり方が大きく異なります。
以下で、それぞれを分かりやすく説明します。
1.デジタルマーケティング
デジタルマーケティングとは、インターネットやデジタル技術を使って行うマーケティング活動のことです。
企業がオンライン上で顧客とつながり、データを活用して効果的に情報を届けるのが特徴です。
具体的な例として次のようなものがあります。
- SNSマーケティング:Instagram、X(旧Twitter)、TikTokなどで顧客と交流したり商品を紹介する。
- Web広告:GoogleやYouTubeなどでターゲット層に合わせて広告を表示する。
- メールマーケティング:顧客の関心に合わせてメールを自動配信し購入を促す。
- 検索エンジン最適化(SEO):Google検索等で上位に表示されるようにサイトを改善する。
- データ分析・パーソナライズ:顧客の閲覧履歴や購買履歴を分析して、それぞれに最適な提案を行う。
デジタルマーケティングの最大の強みはリアルタイム性です。
広告の反応やアクセス数をすぐに確認できるため、スピーディーに戦略を修正できます。
また、低コストで多くの人に情報を届けられるのも大きなメリットです。
2.従来型のマーケティング
従来型のマーケティングとは、インターネットが普及する以前から行われてきた、オフライン中心のマーケティング活動を指します。
企業が顧客と直接的に関わり、人の経験や感覚をもとに関係を築くスタイルです。次のようなものがあります。
- テレビCMや新聞・雑誌広告:マスメディアを使って多くの人に商品を知らせる。
- 店頭販売・営業活動:営業担当者が顧客と直接会って商品の魅力を伝える。
- イベント・展示会・試食会:実際に体験してもらうことで購買意欲を高める。
- ブランド構築活動:ポスター、パッケージ、店舗デザインなどを通じてブランドの世界観をつくる。
従来型のマーケティングの強みは、人と人との信頼関係や感情的なつながりを築けることです。
特に高額商品やBtoB取引では、営業担当者の信頼やブランドイメージが購入の決め手になることが多いです。
また、体験や感情を重視した共感型の訴求にも向いています。
マーケティング戦略と企業業績の関係
マーケティング戦略が企業績にどう影響するのかを調べた、マンハイム大学のチームによる研究があります。
この研究では378社の経営者やマーケティング担当者からマーケティング施策について聞き取りました。またそれぞれの財務情報も分析しました。
マーケティングを活用できる会社ほど収益性が高い
まず分かったことは、デジタルマーケティングも従来型のマーケティングもうまく活用できる企業ほど収益性が高いということです。
特に利益に対して強いプラスの影響を与えていたのは、デジタルマーケティングでした。
これはデジタルマーケティングのほうが低コストで素早く広く顧客にアプローチできることが要因といえます。
デジタルマーケティングの能力が高いのに儲からない企業
しかし、デジタルマーケティングの能力が高い企業が常に高収益というわけではありませんでした。
競争志向の強い企業では逆効果となっていたのです。
ここでいう競争志向とは、ライバル企業の動きを敏感に察知し、それに負けないようにと同じような施策を行って勝負しがちな企業風土のことです。
競争志向がデジタルマーケティングを失敗させる理由
なぜ競争志向の強い企業はデジタルマーケティングを行っても収益性が低いのでしょうか?
それはデジタルマーケティングの領域では他社の行動が見えやすく、それに即反応して効果の低い施策を行いがちになるからです。
例えば、ライバル企業が新しいSNSキャンペーンをはじめたり、インフルエンサーを活用したプロモーションをはじめるとすぐに分かります。
こうした情報に触れたとき、競争志向の強い企業は「自分達も早くやらなければ」と焦って、同じような戦略を実施しがちなのです。
このような即応的なデジタルマーケティングを行うと次のような問題がが生じます。
- 差別化できなくなる
デジタルマーケティングの施策は真似するのが簡単なため、競争志向の強い企業が真似し合うと、どの企業も同じように見えます。最終的に価格競争に陥り利益率が低下します。 - 短期的な成果に偏る
競合に勝つために短期間で成果が出るキャンペーンや、バズ狙いの施策に力を入れがちになります。するとブランドの信頼性や顧客との長期的関係が犠牲になります。 - 組織内の焦りと疲弊
常に競合を追い続ける文化は社員に過剰なプレッシャーを与え、長期的思考よりも「今すぐ成果を出す」ことが優先されるようになります。これによって組織の一貫性や創造性も損なわれます。 - 投資効率の低下
新しいツールや広告手法を次々と試すため費用が増加しやすくなります。しかも戦略的に統合されていないため、ROI(投資収益率)は下がり、結果的に利益を押し下げます。
競争志向の強い企業はライバルの動きが見えやすいデジタルマーケティングに意識が向き過ぎるあまり、正しい戦略が取れなくなってしまうということです。
デジタルマーケティングの知識があればあるほど他社の細かい動きまで理解できるため、ちょっとしたことにも反応して間違ったデジタルマーケティングの施策を行うという皮肉な結果となってしまうのです。
デジタルマーケティング戦略の第一歩
効果的なデジタルマーケティング戦略を実行するにはどうすれば良いのでしょうか?
それは従来型のマーケティングと組み合わせ、顧客体験全体を一つの流れとして設計することです。
例えば、ウェブ上で得られた顧客データを営業や開発部門と共有し、顧客対応は製品改良に反映するということです。
このようにリアルタイム性と深い顧客理解が結びつくことで、顧客満足度の向上やリピート購入につながります。
デジタルマーケティングの施策を単発のキャンペーンで終わらせず、従来型のマーケティングと連動させることで、長期的な収益の向上にもつながるのです。
先ほど紹介した研究では、顧客が何を求めているかを理解しそれに基づいて行動する文化の企業ほど、デジタルマーケティングと従来型のマーケティングが上手く融合され、利益率も高いことが分かっています。
デジタルマーケティング戦略の第一歩は、競争志向から顧客志向の文化に変えることです。
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参考文献:Homburg, C., Wielgos, D.M. The value relevance of digital marketing capabilities to firm performance. J. of the Acad. Mark. Sci. 50, 666–688 (2022).

