アバクロの店員がマッチョなのは女性客のためでなく、身長の低い男性客のため?

アバクロが銀座に日本1号店を開いたときは、衝撃でした。

なぜなら筋肉モリモリの店員さんが、その肉体を見せつけるように、ノリノリで接客していたからです。

しかも、香水の匂いと、大音量の音楽がガンガンに流れていて。これがアメリカのアパレルか!と驚いたものです。

最近はこういった売り方はしていないようですが、なぜ半裸のマッチョ店員がいたのでしょうか?

何らかのマーケティング戦略なのでしょうが…。

「健康的でセクシーなライフスタイル」を体現するというブランドコンセプトがあるから、などという話を聞いたことがある気もするのですが、記憶があいまいです。

でも「女性客を喜ばせるためなじゃない?」と思っている人も少なくないと思います。

確かに、ごく一部の女性にはウケるでしょう。しかし、女性は異性の体を見て喜ぶ人は、決して多くはないことが、いくつかの心理学研究で判明しています。

それよりも、男性客に対する影響のほうが大きいかもしれません。

実は、マッチョな男性店員がいると、男性客の購買行動が変化するのです。

店舗前にマッチョな店員を立たせたら、客はどう反応するか?

2018年に、アグデル大学のトビアス・オッターブリング教授らが発表した論文があります。

その名も『The Abercrombie & Fitch Effect(アバクロンビー&フィッチ効果)』というタイトルの論文です。

アバクロについて調べたわけではないのですが、マッチョな店員がいたら、客はどう反応するか?ということを調べたものです。

「マッチョ店員=アバクロ」という世界共通の認識があるので、このタイトルなのだと思います。

マッチョ店員を見た男性客は支出額が増える

この研究で何をしたかというと、家具の小売店の入口に、マッチョな男性店員(服は着ている)を立たせて来店客の出迎えをさせたのです。

そして、買物が終了して、店から出てきた客にレシートを見せてもらいました。

その結果、マッチョ店員がいるときの男性の支出額は約165ドルで、女性の支出額は約92ドルと、大きな差が出ました。

マッチョ店員がいないときは、男性の支出額が92ドル、女性の支出額が96ドルと、有意差はありませんでした。

マッチョ店員を見た男性客は高い商品を選ぶ

マッチョ店員がいるかどうかは商品の購入点数には影響しませんでした。多くの商品を買うことにはならなかったのです。

ではなぜ総支出額に差が出たかというと、価格の高い商品を選ぶようになったからです。

マッチョ店員がいるとき、男性の1商品あたりの購入単価は約18.3ドルでしたが、いないときは約10.8ドルと大きな差がありました。

女性の場合はどちらのパターンでも約9.4ドルとほとんど差がありませんでした。

マッチョ店員がいると、男性客はより高い商品を選択するようになるということです。

同性間の競争意識が「顕示的消費」を動機づける

なぜマッチョ店員がいると、男性客はお金を使うようになるのでしょうか?

その理由は、進化心理学における「同性間競争(intrasexual competition)」の考え方で説明できます。

男性は本能的に女性を獲得したいと思っているので、他の男性と社会的地位や優位性を競い合う傾向があります。

そのため、身体的に有意な男性と出会うと、自分の劣位性やステータスの低さを意識させられます。すると、その劣位性を補償しようとする動機が高まります。

その一つの手段が「顕示的消費(conspicuous consumption)」です。

これは、財力やステータスを周囲に誇示するために、高価な商品やブランドロゴの目立つ商品を購入する行動を指します。

マッチョ店員に直面した男性客は、相手を競争相手と無意識に認識し、その場での社会的ヒエラルキーにおいて優位に立とうとする心理が働きます。

その結果、より高額で目立つ商品を選ぶ傾向が強まり、支出額が増加するのです。

つまり、マッチョ店員の存在は、男性客の競争心を刺激し、地位誇示的な購買行動を引き出す「心理的トリガー」として作用したのです。

身長の低い男性ほどマッチョの影響を受けやすい

マッチョ店員から受ける影響は、身長の低い男性ほど強くなることが、ほかの実験で分かっています。

こちらの実験では、参加者に「モデルの印象を評価してほしい」といって、写真を見せました。

このとき、見せられる写真には、マッチョなモデルとそうでないモデルがいました。

その後で、シャツにつけるべきブランドロゴの大きさについて聞き取ったところ、身長の低い男性ほど、より大きなロゴを好むことが分かりました。

これは身長の低い男性ほど、マッチョ男性を見たときに劣位性を感じやすくなることが原因と考えられます。

それを補うために、ステータスシンボルとして機能するロゴを、より目立たせようとする心理が働くということです。

女性の場合は逆効果になる可能性がある

今回の研究の面白いところは、実際に店員と会話をしなくても、ただ写真を見るだけでも効果があるという点です。

つまり、広告やポスターに写っているマッチョなモデルを見るだけでも、同じような心理的反応が起こるのです。

企業にとって、この研究はとても示唆に富んでいます。

もしターゲットが若い男性で、特に自信があまりない層である場合、あえてマッチョな店員やモデルを起用することで、購買意欲を刺激できるかもしれません。

余談ですが、女性の場合は洋服を試着したときに、自分よりも魅力的な女性が同じ服を着ているのを見ると購買意欲が失せやすい、という研究もありますから注意しましょう。

ショップ店員にスタイルの良い美人ばかり並べれば良いわけではないのです。

参考文献:Otterbring, T., Ringler, C., Sirianni, N. J., & Gustafsson, A. (2018). The Abercrombie & Fitch Effect: The Impact of Physical Dominance on Male Customers’ Status-Signaling Consumption. Journal of Marketing Research, 55(1), 69–79.