何のために広告を打つのかと聞かれたら、多くの人は「認知の拡大」や「販売促進」と答えるでしょう。
このような考えがあるため、それなりに知名度が高まったときにもう広告を止めても良いのでは?と考えることもあります。
実際に広告を止めたけれど売上は変わらなかったというケースもあります。
しかし、全てのケースにこれが当てはまるわけではありません。
特に市場に投入されたばかりでまだ成長途上の商品などは、広告を止めることで売上が大きく落ちることがあります。
なぜなら広告には「消費者の心の中にブランドの存在を保つ」という役割もあるからです。
消費者のメンタル・アベイラビリティ
心理学や行動経済学の研究では、購買の多くが「思い出したブランドから選ぶ」という想起行動によって決まることが知られています。
逆にいえば、消費者が商品を必要とした瞬間にそのブランドを思い出せなければ、どれだけ品質や価格が優れていても選ばれる可能性は低いということです。
このような思い出されやすさを「メンタル・アベイラビリティ(mental availability)」と呼びます。
広告は、このメンタル・アベイラビリティを維持するためのリマインダーとして働きます。
繰り返し目にしたり耳にすることで、ブランド名やロゴ、メッセージが記憶の中に定着し、購買の場面で自然に浮かぶようになります。
逆に、広告を止めるとこの記憶が薄れ、想起される確率が下がっていきます。その結果、消費者の選択肢から外れてしまうのです。
ちなみに広告を止めてもすぐ売上が落ちないのは、過去の広告が残した「残光」がしばらく記憶に残るからです。
しかし、その効果は次第に弱まり、やがて完全に消えてしまいます。
問題は、その変化がゆっくり進むため、気づいたときにはもう手遅れということです。
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広告を止めると売上はどうなるのか
広告を止めると売上にどのような影響があるのかを検証した、南オーストラリア大学のニコル・ハートネット博士らの調査があります。
この調査では飲料カテゴリの41ブランドで、マスメディア広告(テレビ、新聞、ラジオ、屋外、オンラインなど)を1年以上停止した場合の売上の変化を分析しています。
分析の結果、広告を止めると売上が低下するということが明確に分かりました。そしてこの効果は時間が経過するにつれて大きくなります。
具体的には以下の通りです。
- 1年後 –16%
- 2年後 –25%
- 3年後 –36%
- 5年後 –54%
メンタル・アベイラビリティ低下と競合の台頭
広告を止めることで売上が落ちてしまう理由は、さきほど説明した通り「メンタル・アベイラビリティ」が低下するからです。
市場には数えきれないほどの商品が存在しますが、消費者が購買時に思い出すのはほんの数社です。
広告はその思い出す確率を上げる役割を果たしています。何度も見聞きすることで、ブランド名が記憶の表層にとどまり、購買の瞬間に自然と浮かぶようになるのです。
広告を止めることによって、こうしたリマインダーとしての効果が失われますから、購買時にそのブランドを思い出す人が減り、市場シェアがじわじわと削られていくのです。
さらにもう一つの要因として、競合の存在があります。
自社が広告を停止している間も、競合他社は広告を出稿し続けていますから、そこで発せられるメッセージが自社の印象を上書きするのです。
そして気が付いたときには、その商品カテゴリで最初に思い出してもらえるのが他社ブランドということになってしまうのです。
どんなブランドが沈みやすいのか?
今回の調査では、広告停止による影響がブランドの規模や事前の売上トレンドによって異なることも明らかになっています。
代表的な3つのパターンを詳しく見ていきます。
小規模なブランド:広告を止めたときのリスクが最も大きい
小規模なブランドは、広告を止めた瞬間から想起される確率が急低下し、わずか1年以内に売上が15~25%減少するケースが多数確認されました。
もともと市場での認知度が低く、消費者の記憶に定着しづらいことが要因です。
つまり、小規模なブランドにとって広告は単なる「販促」ではなく、生存条件そのものとなっているのです。露出を止めることは、事業を止めることとほぼ同義なのです。
大規模なブランド:ゆるやかに売上が低下する
大規模なブランドは、広告停止後の売上への影響が比較的穏やかでした。
これは過去の広告投資による高い知名度や流通基盤が、1~2年は売上を支える役割を果たしてくれるからです。
例えるなら飛行機がエンジンを止めてもしばらくは滑空できるようなものです。しかし、しばらくは高度(売上)を保てても、エンジン(広告)の推進力がなければ、いずれ降下していきます。
特に、過去に安定していたブランドほど「まだ大丈夫だろう」という油断が生まれやすく、復活のタイミングを逃してしまうケースが多く報告されています。
落ち目のブランド:広告を止めるとトドメの一撃になる
研究では、すでに下降傾向にあったブランド(停止前1年で10%以上減少)は、広告を止めた後も例外なく下落を続けたと報告されています。
消費者の関心が薄れつつあるタイミングで広告を止めると、そのブランドは一気に記憶から消え、販売現場でも選ばれなくなるからです。
一方で、成長中だったブランドが広告を止めた場合、初年度は勢いで売上を維持することもあります。
実際、成長中の大・中規模ブランドでは、停止後2年間は売上指数が100を超えるケースも観測されました。
しかし、このパターンでもその後は停滞し、やがて下降に転じる傾向にありました。
「惰性」で売れている期間が誤解を招く
「広告を数ヵ月止めても、売上はほとんど変わらなかった」という企業は少なくありません。
確かに、短期間では数字に大きな変化が見られないこともあります。これは、過去に構築した販売網が一時的に支えてくれるからです。
また、過去の広告効果が残っていたり、ブランドがすでに市場で強い地位を持っている場合には、一定期間は「惰性」で売上が続くこともあります。
この惰性の期間が企業を誤解させます。「広告をやめても大丈夫だ」と。
しかし、時間が経つにつれて、ブランド想起率(メンタル・アベイラビリティ)がじわじわと低下していきます。
新規顧客の獲得も止まり、既存顧客の離脱が目立ち始めます。
気づいたときには、売上は緩やかではなく崖のように落ちていくのです。
ここで重要なのは、「短期的な安定=広告不要」と判断しないことです。
むしろ、広告を止めたときに「何も起きていないように見える」その静寂こそが、危険の前触れだということを忘れないでください。
参考文献:hartnett, N., Gelzinis, A., Beal, V., Kennedy, R., & Sharp, B. (2021). When Brands Go Dark: Examining Sales Trends when Brands StopBroad-Reach Advertising for Long Periods. Journal of Advertising Research, 61(3), 247–259.

