美人すぎるフィットネス系インフルエンサーは逆効果という研究

「セックス・セルズ(Sex Sells)」という言葉があります。

これは、広告やマーケティングの世界で長く信じられてきた考え方で、「美しさやセクシーさは消費者を惹きつけ購買意欲を高める」という意味です。

美しい人が登場する広告は記憶に残りやすく、またポジティブな感情を呼び起こしやすいため、購買行動につながると考えられているのです。

実際に、多くの企業が魅力的なモデルや俳優を起用し、商品の価値を高めようとしています。

SNSの世界でも「見た目の良いインフルエンサーほど成功する」という前提が暗黙のうちに共有されています。

特に美容やダイエットといった分野では、外見の良さが「効果の証拠」として捉えられることもあります。

しかし、「美しいこと」が常にプラスに働くとは限りません。

あまりに美しすぎると現実感が失われ、消費者の共感が得にくくなることもあるのです。

特にフィットネス系のインフルエンサーなどでこうしたマイナス効果が出てしまうことがあります。

美人すぎるインフルエンサーのマイナスの効果

インフルエンサーの魅力度がフォロワーの共感やエンゲージメントにどのような影響を与えるのかを検証した、米国デイトン大学のアンドリュー・エデルブラム博士らの実験があります。

この実験では参加者に以下の3パターンのInstagram投稿を見せ、その反応を観察しています。

  • 外見的魅力が非常に高いフィットネスインフルエンサーの写真付き投稿
  • 外見的魅力が中程度のフィットネスインフルエンサーの写真付き投稿
  • テキストのみの投稿

投稿内容はフィットネスや健康に関する情報を伝えるものです。

参加者は各投稿を見たあとで、そのインフルエンサーにどれくらい共感したかと、「いいねを押したいか」「フォローしたいか」といったエンゲージメントの意図について回答しました。

それらの回答を分析したところ、外見的魅力が非常に高いフィットネスインフルエンサーの投稿は、他の条件と比べて共感される可能性が低く、エンゲージメントにもつながりにくいことが分かりました。

対照的に、中程度の魅力度を持つインフルエンサーは共感されやすく、エンゲージメントも高くなりやすいという結果となりました。

「努力すれば自分も近づけそう」と思われないと共感されない

なぜ美人すぎるインフルエンサーは逆効果となってしまうのでしょうか?

まず、人は他人を見たときに無意識に自分と比較します。そこで美人すぎるインフルエンサーを見ると、「自分は到底あんな姿になれない」と感じ、劣等感や距離感を覚えてしまうことがあるのです。

この「上方比較」と呼ばれる心理が強まるとフォロワーは自信を失い、インフルエンサーに対して前向きな感情を抱けなくなるのです。

また、フォロワーがインフルエンサーに求めているのは「自分と重なる部分」や「共感できる要素」です。

しかし、あまりにも完璧な外見は「別世界の人」と感じさせ、身近さや親近感を損ないます。結果として、「この人の投稿にいいねを押したい」「フォローして近づきたい」という気持ちが生まれにくくなってしまうということです。

一方で、中程度の魅力を持つインフルエンサーは「努力すれば自分も近づけそう」と思わせる存在です。この「手が届きそうな目標」であることが、フォロワーに安心感やモチベーションを与え、好意的に受け止められやすくなるのです。

金融情報の場合にはマイナス効果が出にくい

とはいえ、常に美人すぎるインフルエンサーが逆効果となるわけではありません。

フィットネス情報ではなく金融情報に関する投稿では、外見の影響が出にくくなることも研究から分かっています。

フィットネス分野では、見た目の良さそのものが評価軸となるのに対し、金融分野では知識や経験が評価軸となるからです。

フォロワーは発信された情報の中身に注目しますから、インフルエンサーがどんなに美人であっても、「自分とは関係ない話」という現実離れした感覚を得難いのです。

つまり美人すぎることがマイナスとなるかどうかは、「外見の魅力がその分野でどれだけ専門性の証拠とみなされるか」の度合いによって決まるということです。

「謙虚な自己呈示」によって共感が得られる

ちなみに、美人すぎるインフルエンサーがフィットネス関連の情報を発信しても逆効果となり難いパターンというのも分かっています。

それは「謙虚な自己呈示」を行った場合です。

例えば、「努力の大切さ」や「失敗やつまずきもあったが改善してきた」といった自己開示をしている場合には、美人すぎるインフルエンサーであっても。共感されやすいのです。

逆に「自分は特別に優れている」「常に完璧な成果を出している」といった、誇示的な自己呈示を行ってしまうと、余計に共感を得難くなることも分かっています。

失敗談や努力のプロセスを共有することで、フォロワーに「人間味」を感じてもらい、雲の上の存在ではないと認知してもらうことが大事ということです。

インフルエンサーを起用するときの戦略

以上の点を踏まえ、企業がインフルエンサーを起用するときには、どのような戦略で挑めば良いのでしょうか?

1.共感されるか?を意識したキャスティング

必ずしも外見的魅力の高いインフルエンサーを起用する必要はありません。

むしろターゲットにとって「自分と似ている」と感じられる人物の方が、共感を得やすくエンゲージメントにつながります。

ブランドの理想像を体現しつつ、フォロワーが「努力すれば自分も近づける」と思えるような人物を選ぶことが重要です。

2.謙虚な自己呈示を支援する

研究では、美しすぎるインフルエンサーでも、謙虚さや努力の過程を見せることでマイナス効果を和らげられることが示されています。

インフルエンサーに商品やサービスを提案させるだけでなく、実際に試した過程や、うまくいかなかった経験を交えて発信するよう促すと効果的です。

成功体験と失敗談をバランスよく伝えることで、フォロワーは親近感を持ちやすくなります。

3.ブランドとターゲットに合わせた美の度合いを選択する

フィットネスや美容のように外見が重視される分野では、インフルエンサーの美しさが必ずしもプラスに働かないことがわかっています。

こうした領域では「過度な理想像」を提示するよりも、「現実的なロールモデル」を選ぶ方が適しています。

一方で、ファッションや高級ブランドのように「非日常的な美しさ」を体現することが価値となるケースもあります。

業界やターゲット層に応じて、美しさの度合いを戦略的に調整することが求められます。

4.数値指標では測れない「人間味」を評価する

従来はフォロワー数やエンゲージメント率がインフルエンサー選定の主要な指標でした。

しかし今後は、それだけでなく「人間味」や「共感を呼ぶストーリーテリング能力」を評価軸に加える必要があります。

例えば、日常のリアルな一コマを自然に発信できるか、フォロワーとの双方向のやりとりを大切にしているか、といった観点が企業にとって重要になります。

メガインフルエンサーよりもマイクロインフルエンサーの方が、コンバージョン率は高いというデータもあります。

5.長期的な関係性の構築を前提にする

美人すぎるインフルエンサーのマイナスの効果は短期的なキャンペーンなどでは気づかれにくいかもしれません。しかし、長期的なブランド戦略には影響を及ぼします。

インフルエンサーを一時的な広告塔として消費するのではなく、ブランドの価値観を共有しながら継続的に協働できるパートナーとして選ぶことで、消費者とより強固な信頼関係を築きましょう。

信頼関係をブランド資産とするマーケティング戦略

ここまで見てきたように、美しさは必ずしもインフルエンサーマーケティングの成功を保証するものではありません。

むしろ美しすぎることで共感を損ない、フォロワーとの距離を広げてしまうリスクもあります。

現代のインフルエンサーマーケティングでは、完璧さよりも「人間らしさ」や「親しみやすさ」が重要なのです。

近年の調査では、Z世代やα世代の消費者は「リアルで誠実な発信」を特に重視する傾向が強いことも分かっています。

この世代にとっては外見的な魅力よりも、共感できるストーリーや等身大の姿にこそ価値があるのです。

こうした価値観を理解し信頼関係を築くことができれば、それこそが最も強力なブランド資産となります。

参考文献:Edelblum, A., Frank, A., & Palmer, J. (2025). The beauty backfire effect: How extreme attractiveness undermines fitfluencer relatability and engagement.