なぜ「あなたにはその価値があるから」という広告コピーは購買意欲を高めるのか?

世界最大の化粧品会社といえば、フランスのロレアル(L’Oréal S.A.)です。

ロレアルが展開しているヘアケアブランドの一つに「ロレアルパリ」があります。

このブランドのCMといえば、「あなたにはその価値があるから」というフレーズが思い浮かびます。

これはロレアルパリの全世界共通のブランドメッセージのようです。英語でも「Because you’re worth it」と言っています。

「私にはその価値があるから(Because I’m Worth It)」というパターンもあります。

実はコスメやセルフケア商品では、消費者が「自分に価値がある」と思えるかどうかが、購買意欲に関係するのです。

「恋人もいない自分」と思うと購買意欲が低下する

自分自身の価値に対する認識と、購買意欲の関係を調べた、南カリフォルニア大学のリサ・キャバノー准教授らの実験があります。

まず初めに、142名の参加者を2グループに分け、以下の2パターンのメッセージカードのうち、どちらかを読ませました。

  • 恋人宛:「愛してる、これからもずっと一緒にいようね」などの文章が書かれている
  • 友人宛:「あなたの友情に心から感謝しているよ」などの文章が書かれている

その後で「あなたは現在、恋人がいますか?」という質問がされます。

それから、複数のブランド選択肢(キールズやニベア)の中から、好きなシャンプーやリップクリームなどを選んでもらいました。

その結果、高いブランドの商品を選ぶ確率が最も高かったのは、事前に恋人宛のメッセージカードを読んだ、実際に恋人のいる参加者でした。

これに対し、恋人宛のメッセージカードを読んだ、恋人のいない参加者は、高いブランドを選ぶ確率が最も低かったのです。

何が起こったかというと、恋人宛のメッセージカードを読まされ、さらに質問によって、独り身であることを強調された参加者は、自分の価値を低く見積もってしまい、「自分には高級ブランドを使う価値はない」と判断してしまったということです。

なぜ自己評価が消費行動に影響するのか?

なぜ「私にはその価値がない」と感じると、消費が抑制されるのでしょうか?

それは消費行動が「自己評価」の延長線上にあるものだからです。

人は何かを「自分に与える」ためには、それが「自分にふさわしい」という心理的な正当性が必要になるのです。

特に高級品や快楽的な要素を含む商品は、こうした正当性によって、その決定が支えられます。

ところが、ある種の社会的文脈(例:恋人や親友といった関係性の欠如)を思い出させられると、消費者は自分が社会的に欠けている、他者に受け入れられていない、という感覚を抱きやすくなります。

これは、「自分は努力を怠った」「周囲から十分に認められていない」といった自己否定的な内省につながります。

その結果として「自分にはご褒美を受けるだけの価値がない」と感じるに至るのです。

このような感覚は、感情的な悲しみや不安とは異なり、より深いレベルでの自己判断に関わるものです、

そのため、たとえ外的に魅力的な製品やサービスが提示されても、「今の自分にはそれを受け取る資格がない」という心理的ブレーキが働き、購買行動の抑制につながるのです。

「私にはその価値があるから」と思わせるマーケティング

ここまでの説明から、消費者の自己評価が購買意欲に大きく影響することが、お分かりいただけたと思います。

特にブランドやセルフケア用品など、生活必需品ではないものを売る際には、「私にはその価値があるから」と思わせることが重要です。

ですから、マーケティングにおいては商品やサービスの価値を伝えるだけでなく、消費者自身の存在や努力、成果を肯定的に認めるようなメッセージ設計が求められます。

たとえば、広告においては「あなたはがんばってきた」「小さな努力が積み重なってきた」といった、消費者の過去の行動や、日常の奮闘を肯定する文脈を取り入れましょう。

それによって、「今の自分にはご褒美を受け取る資格がある」と思わせやすくなります。

実験でも、自己評価が低下しても、過去の努力を思い出すことで、購買意欲の低下を改善できることが分かっています。

また、社会的な関係性を配慮することも重要です。恋愛や家族といった理想的な関係を描くだけでは、その関係を持たない消費者に対して逆効果となり、自己評価を下げてしまう可能性があります。

代わりに、より包摂的なメッセージ、たとえば「ひとりの時間を大切にしているあなたへ」や「自分で選ぶ、自分へのギフト」といった、関係性の有無に依存しない自己肯定感を刺激する言い回しが有効です。

さらに、購買行動を「罪悪感のある贅沢」ではなく「自分へのねぎらい」や「正当な報酬」として再定義する言語の設計も効果的です。

「~してきたあなたに」「週末くらい、ちょっといいものを」など、日常の延長に自然に入り込むご褒美の演出が、高額支出への心理的ハードルを下げます。

要するに、消費者に「私はこの商品を選ぶ資格がある」と思わせるには、その人自身の努力、経験、存在そのものを承認するマーケティング表現が効果的ということです。

参考文献:Cavanaugh, L. A. (2014). Because I (Don’t) Deserve It: How Relationship Reminders and Deservingness Influence Consumer Indulgence.