社会的な問題や政治的なテーマに対して積極的に意見を表明する企業が増えています。
環境問題、人種差別、ジェンダー平等、銃規制など、これまで企業があまり触れてこなかった領域にまで言及するブランドも少なくありません。
このような状況で注目すべきなのは、ブランドの社会的発言が単なる広報活動にとどまらず、消費者の購買行動そのものに直結している点です。
発言が好意的に受け止められれば売上やブランド忠誠度の向上につながりますが、逆に批判を浴びれば顧客離れや評判の低下を招きかねません。
実際に、消費者はブランドの発言にどのように反応しているのでしょうか。
ブランドの社会的発言が注目される背景
なぜ今、企業が声を上げるのか
企業が声を上げる背景のひとつに社会的責任の高まりがあります。
投資家の間ではESG(環境・社会・ガバナンス)への関心が強まり、企業が社会課題にどう向き合うかが評価の対象になっています。
さらに、SNSの普及により、ブランドの発言は短時間で広く拡散されるようになりました。消費者もまた、企業に対して「どの立場に立っているのか」を知りたいと考える傾向が強まっています。
こうした流れの中で、沈黙を続けること自体がネガティブに受け止められる可能性もあるのです。
成功と失敗の事例
実際に社会問題に踏み込んで評価を得た企業もあれば、逆に炎上して批判にさらされた企業も存在します。
例えば、環境問題への積極的な取り組みを発信し、若い世代から強い支持を集めたブランドがあります。
一方で、特定の政治的立場を強く打ち出した結果、賛同者を得たものの、それ以上に不買運動を呼び込んでしまった事例もあります。ブランドの社会的発言は、両刃の剣ともいえます。
消費者は発言にどう反応するのか
「ボイコット」と「バイコット」の違い
ブランドの社会的発言に対する消費者の反応には、大きく二つの方向性があります。
ひとつは「ボイコット」です。これは不買運動を意味し、ブランドの姿勢に反対する意思表示として購買を控える行動です。
もうひとつは「バイコット」と呼ばれる行動です。これは賛同を示すために積極的に購入する行動を指します。
つまり、同じ発言であっても、立場の違いによって消費者は真逆の反応を示すのです。
行動の背後にある心理
こうした行動の背景には「自分の価値観を表現したい」という動機があります。
消費者にとって購買行動は単なる消費活動ではなく、自分がどの立場を支持しているのかを示す手段になっているのです。
さらに、多数派に属していると感じると人は自信を持って行動しやすくなりますが、少数派だと声を上げにくくなり、沈黙を選ぶ傾向が見られます。
これはコミュニケーション学の分野で知られる「沈黙の螺旋理論」に通じる考え方です。
沈黙の螺旋理論(Theorie der Schweigespirale)とは、人々が「自分の意見は少数派だ」と感じると、周囲から孤立するのを恐れて発言を控える傾向があるという考え方です。逆に「多数派だ」と思えば、安心して意見を表明しやすくなります。この結果、表に出る意見は多数派がさらに強調され、少数派はますます声を失っていく現象が起こります。
購買行動を左右する3つの要因
ここからは、米国マイアミ大学のチェン・ホン准教授らが2021年に発表した研究を紹介します。
この研究は、ブランドが社会的問題に発言したときに消費者がどのように反応するのかを実験的に検証したものです。
特に「ボイコット」や「バイコット」といった購買行動に、沈黙の螺旋理論がどのように関わるのかに焦点を当てています。
研究対象のブランドは、社会的テーマに積極的な姿勢を示してきたことで知られるアイスクリーム会社Ben & Jerry’sでした。
研究の結果、消費者の購買行動を大きく左右する三つの要因が明らかになりました。
1. 企業と消費者の立場の一致・不一致
最も直接的な影響を持つのは、消費者の立場とブランドの立場が一致しているかどうかです。
企業の発言が自分の考えと合致していると、消費者はブランドにより好意的になり、購買意欲が高まります。これがバイコットにつながります。
逆に立場が対立していると、ブランドへの評価は下がり、不買行動へとつながる可能性が高まります。
この結果は直感的にも理解しやすいですが、改めて実証的に確認されたことで、企業が発言する際には顧客層の価値観を把握する重要性が浮き彫りになりました。
2. 世論の多数派・少数派
二つ目は、消費者が自分の意見を社会の中で多数派と感じているか少数派と感じているかです。
多数派に属していると認識した人は、購買行動を通じて意見を積極的に表現しやすくなります。
一方で、少数派だと「自分の意見は支持されないかもしれない」と感じ、行動を控えたり沈黙を選んだりしやすくなります。
これはまさに沈黙の螺旋理論が示す現象であり、購買という形で現れる点が特徴的です。
3. 情報の信頼性
三つ目の要因は、世論の状況に関する情報がどの程度信頼できると感じられるかです。
例えば、調査データやメディア報道が「信頼できる」と思われれば、多数派であるという認識が消費者の行動を強く後押しします。
しかし、その情報が信頼できないと感じられる場合、多数派か少数派かという要素はそれほど強く影響せず、消費者は主に自分とブランドの立場の一致・不一致に基づいて態度を決めます。
この点は、ブランドがどのように情報を発信するかに直結します。信頼性の低い発表や曖昧なメッセージは、せっかくの社会的発言の効果を弱めてしまうのです。
ブランドにとっての実務的な示唆
研究結果を踏まえると、ブランドが社会的発言を行う際にはいくつかの実務的なポイントが見えてきます。
発言前に把握すべきこと
まず、自社の顧客層がどのような価値観や意見を持っているのかを理解することが不可欠です。顧客の大多数と対立する立場を表明すれば、ボイコットを招くリスクが高まります。
また、社会全体の世論動向を把握することも重要です。自社の顧客層だけでなく、より広い社会的文脈の中でどう受け止められるかを見極める必要があります。
発言後のリスクとリターン
ブランドの発言は、強力な支持を生む可能性もあれば、深刻な批判を呼び込む可能性もあります。
ボイコットによる売上減少や評判の低下は大きなリスクですが、一方でバイコットによる忠誠心の向上や新規顧客の獲得といったリターンも存在します。
つまり、社会的発言はハイリスク・ハイリターンの性質を持つのです。
発信の仕方で差がつく
同じ立場を示すにしても、その伝え方によって結果は大きく変わります。発表する情報の信頼性を高め、透明性を確保することは非常に重要です。
また、単なる声明ではなく、人々の共感を呼び起こすストーリーテリングや具体的な行動の提示が、消費者の支持を得るうえで効果的です。
声を上げるか、沈黙を守るか
ブランドの社会的発言は、単なる広報活動を超えて消費者の購買行動を左右する力を持っています。
発言内容が消費者の価値観と一致すればバイコットによる支持を得られますが、逆に対立すればボイコットを招くリスクが高まります。
さらに、その影響力は「自分が多数派だと感じられるかどうか」や「情報が信頼できるかどうか」によって強まったり弱まったりすることが、研究からも明らかになっています。
このことは、ブランドが社会的発言を行う際に、慎重な準備と戦略的な判断が求められることを意味します。顧客層の価値観を調べ、世論の動向を把握し、発表する情報の信頼性を高めることが不可欠です。
そして、単なるスローガンではなく、具体的な行動や一貫した取り組みを示すことで、消費者に「共感できる」と感じてもらうことが重要です。
ブランドが沈黙を守るか、声を上げるかは戦略的な選択です。しかし、声を上げるのであれば、消費者の心理や行動メカニズムを理解したうえで、一歩踏み出す必要があります。ボイコットされるリスクを恐れるだけでなく、バイコットによる強力な支持を得る可能性もあるからです。
社会的な発言が増える今の時代において、ブランドにとって最も大切なのは「自分たちはなぜ声を上げるのか」という軸を持ち、それを誠実に伝え続けることではないでしょうか。
参考文献:Cheng Hong & Cong Li (2021) Will Consumers Silence Themselves When Brands Speak up about Sociopolitical Issues? Applying the Spiral of Silence Theory to Consumer Boycott and Buycott Behaviors, Journal of Nonprofit & Public Sector Marketing, 33:2, 193-211.