消費者が何かを買おうとしたとき、自社のことを思い出してもらえるか?
つまりブランド想起は、マーケティングの成果を左右する重要な指標のひとつです。
では、ブランド想起を高めるには何が効果的なのでしょうか?
広告などの露出を増やすことでしょうか、それとも実際に商品を体験してもらうことでしょうか。
その最適解は、耐久財と日用消費財(FMCG)とでは異なるかもしれません。
商品カテゴリによりブランド想起のメカニズムは異なる
広告などを通じた「露出」と、実際に使ってみた「体験」が、ブランド想起にどのような影響を及ぼすかを検証した、マッコーリー大学のクリス・バウマン教授らの調査があります。
この調査では、219人の男女を対象に、まず、「自動車(耐久財)」と「シャンプー(FMCG)」の2つの商品カテゴリについて、思い浮かんだブランドを挙げてもらいました。
その後、それらのブランドについて、どれだけ広告などで目にしたか(露出)、どれだけ使ったことがあるか(体験)、どんな印象を持っているか(信頼、イメージ、一体感)を尋ねました。
回答を分析したところ、自動車とシャンプーでは、ブランド想起に影響を与えている要因が異なることが分かりました。
耐久財のブランドは「体験」で想起される
まず、自動車(耐久財)において、ブランド想起に最も強く影響していたのは「体験」でした。
実際にその車を運転したり、試乗したといった体験が、ブランドの記憶に直結していました。
さらに、この「体験」の影響は、ブランドに対する信頼によって媒介されていました。
つまり、「使ってみて信頼できる」と感じたブランドほど、記憶にも残りやすく、想起されやすかったのです。
FMCGのブランドは「露出」で想起される
一方で、シャンプー(FMCG)においては、広告などによる「露出」がブランド想起の主な要因となっていました。
広告や店頭で見た回数が多いほど、記憶に残り、想い出されやすかったのです。
この場合も、「信頼」が介在していました。こちらの場合は「よく目にする → 信頼感がある → 思い出しやすい」という流れです。
なぜブランド想起のされ方が異なるのか?
耐久財とFMCGのブランド想起の仕組みが異なるのはなぜでしょうか?
それは、消費者の関わり方や購入プロセスが根本的に違うからです。
耐久財のブランド想起のメカニズム
自動車や家電といった耐久財は高額であり、購入頻度も低いため、消費者は購入の意思決定に時間をかけて慎重に検討する傾向があります。
カタログや広告を見るだけでは信頼できず、試乗や実物に触れることを通して、初めて「このブランドなら安心だ」と実感されます。
こうした実際の使用経験が、消費者の中に強い印象として残り、ブランド想起につながります。
また、耐久財の購入にはリスクも伴うため、消費者は「失敗したくない」という心理も強く働きます。そのため、五感を通して得た体験を、重要な情報としてきちんと記憶しておくのです。
FMCGのブランド想起のメカニズム
シャンプーやお菓子などの消費財であるFMCGは、価格が安く、購入頻度が高く、あまり深く考えずに選ばれる商品です。
店頭で目にしたり、テレビやSNSで繰り返し見たブランドが印象に残りやすく、そのまま購入につながることが多いです。
つまり、「広告などで何度も見聞きした」という露出の量が、ブランドを思い出すきっかけになります。
たとえ使ったことがあっても、それは「当たり前」になってしまい、特別な記憶には残りにくいのです。
そのため、「露出」と比べ「体験」があまり効果を発揮しないということです。
ブランド想起を高めるための具体的な施策
以上の結果を踏まえると、自社の商品が「耐久財」か「FMCG(消費財)」かによって、ブランド想起を高めるための有効な施策が変わってくるといえます。
耐久財(自動車や家電など)のための施策
耐久財は価格も高く、購入までに時間をかけて慎重に選ばれる商品です。
そのため、単なる広告だけでなく、実際に商品を体験できる機会の提供が、ブランド想起を高めるカギとなります。
- 試乗や製品デモ、体験イベントの実施
- ポップアップストアやショールームなど、実物に触れられる場の設計
- ユーザーによるレビューや体験談の発信支援(UGC)
- 実際の利用シーンを想像させるリアルなコンテンツ制作(動画・ストーリーなど)
こうした「使ってみる」「触れてみる」もしくは疑似的にそれらの体験をすることで、消費者はブランドを信頼し、記憶し、想起しやすくなります。
FMCG(シャンプーや飲料など)のための施策
FMCGは日常的に購入される低関与商品であり、消費者は深く検討せずに選ぶ傾向があります。そのため、繰り返し目にすることで印象に残る「露出の最大化」が効果的です。
- マス広告やデジタル広告を通じた認知の蓄積(CM、YouTube、SNSバナーなど)
- 売り場での視認性を高める工夫(パッケージデザイン、陳列、POP)
- インフルエンサーや口コミを活用した間接的な接触機会の創出
- キャンペーンや限定パッケージでの話題化による記憶の定着
また、広告や間接的な接触を通じて「このブランドは信頼できる」という印象を持ってもらうことが、想起にもつながるため、誠実で一貫性のあるブランドメッセージの発信も大切です。
「今この商品にとって最も記憶に残る接点は何か?」を常に問い続ける
ブランド想起を高めるためには、「どれだけ多くの接点を持つか」という量的な視点だけでなく、「その接点がどれだけ記憶に残る体験になっているか」という質的な視点が欠かせません。
今回の研究でも示されたように、ブランドが記憶に残るプロセスは、商品カテゴリによっても異なるため、自社商品の特性に合った施策を設計する必要があります。
また、近年のデジタル環境においては、オンラインとオフラインの境界が曖昧になりつつあります。
YouTubeやInstagramで見た製品が、そのまま実店舗での体験に影響を与え、逆に店舗で触れた商品があとからネット検索されるといった行動は当たり前になっています。
このように、チャネルをまたいだ体験の一貫性をどう確保するかも、記憶に残るブランドになるためには重要な課題です。
さらに、消費者の記憶に残るブランドとは、単に「知っている」だけでなく、「信頼している」「自分に合っている」と感じられる存在です。
そのため、ブランド側から一方的に伝えるのではなく、消費者との対話を通じて関係を築く姿勢がこれからますます求められます。
顧客の声を反映した商品開発、レビューへの丁寧な返信、共感を得られるストーリーテリングなどが、信頼を深め、ブランド想起を支える力になります。
ブランド想起を高めるために重要なのは、「今、この商品にとって最も記憶に残る接点は何か?」を常に問い続けることです。
露出や体験は、その問いに対する手段にすぎません。
その先にある「信頼」と「意味づけ」をどう生み出すか。そこにブランドづくりの本質があるのです。
Chris Baumann, Hamin Hamin, Amy Chong. (2015). The role of brand exposure and experience on brand recall—Product durables vis-a-vis FMCG.