フェアトレードは、サステナブルやエシカルと並んで今やマーケティングの重要ワードのひとつになっています。
消費者の価値観が多様化する中で、社会的な意義を持つ商品を扱うことは、ブランドの信頼や共感を生む手段として注目されています。
しかし、フェアトレードの理念がそのまま売上増加につながるとは限りません。
消費者が実際に何を見て、どんなときに行動を変えるのか。この記事では、実際の購買データを通じて、フェアトレード商品がどのように選ばれているのかを明らかにします。
フェアトレードのラベルを貼ると売上が10%増える
フェアトレードを訴求することが売上にどう影響するのかを明らかにするために、実店舗を舞台に行われた、スタンフォード大学のイェンス・ハインミュラー教授らの実験があります。
この実験では、大手スーパーマーケットチェーン26店舗を使って、実際の消費者行動を観察しています。
対象となった商品は、バルク(量り売り)のコーヒーです。
ある店舗ではフェアトレード認証のラベルを貼り、別の店舗では意味のないラベルを貼りました。コーヒーの種類と値段は同じです。
この状態を4週間続けた後、条件を入れ替えてさらに4週間観察しました。
その結果、フェアトレードのラベルを貼ったコーヒーは、意味のないラベルを貼った場合よりも約10%多く売れました。
ウォームグロー効果!消費者がフェアトレード商品を選ぶ理由
なぜフェアトレードのラベルが売上の増加につながるのでしょうか?
それは、「この商品は誰かの役に立っている」という明確なメッセージとして働くからです。
それによって、買い物が単なる取引ではなく「良いことをした」という感覚につながります。
このような、倫理的に正しい選択をしたと感じることで、心理的な満足を得られる現象を「ウォームグロー効果(warm glow effect)」といいます。
この効果が発生することで、商品自体の品質が変わっていなくても、消費者はその価値をより高く評価するのです。
特に価格が他の商品と同じであれば、倫理的なラベル付き商品を選ぶことに損はなく、むしろ得だと感じます。
そのため、他の条件が同じであれば、フェアトレードのラベルがついている商品が選ばれやすくなり、結果として売上が伸びるのです。
フェアトレードのコーヒーなら高くても売れるか?
今回の実験では、フェアトレード商品の価格を高くした場合の変化も観察しています。
フェアトレードのラベルを全店舗で表示したうえで、半分の店舗ではコーヒーの価格を1ドル(約8〜9%)引き上げました。
もう半分の店舗では価格を据え置き、こちらも前半と後半で条件を入れ替えました。
値上げされたコーヒーの容器には、「フェアトレードのための公正な価格」という説明も追加されました。
これにより、値上げとフェアトレードの関係を明確にしたかたちです。
こちらの結果では、消費者の属性によって、反応に違いが見られました。
高価格帯の「フレンチロースト」では、8%の値上げがあっても売上は変わらず、むしろわずかに増加しました。
対照的に、低価格帯の「コーヒーブレンド」では、9%の値上げにより売上が30%も減少しました。
なぜ高い値段でも買う人がいるのか?
高価格帯の「フレンチロースト」で8%の値上げがあっても売上が減らなかったのは、この商品を購入していた顧客がもともと価格に対してあまり敏感ではなく、フェアトレード認証の価値を重視していたためです。
つまり、この層の消費者はコーヒーの価格そのものよりも、「自分の買い物が良い目的に使われているかどうか」に関心を持っていた可能性が高いです。
さらに、値上げと同時に「フェアトレードを支えるための公正な価格です」という説明が明確に表示されたことで、価格の上昇が単なる利益目的ではなく、社会的な目的であると理解されました。
このような文脈があると、価格上昇はむしろ「良い行動の証」として受け取られやすくなります。
また、「フレンチロースト」はもともと店舗内で最も売れていた人気商品で、味や品質への強いこだわりを持つリピーターが多かったと考えられます。
このような顧客層は、多少の価格上昇では購入をやめず、むしろフェアトレードの付加価値が加わることで、選択を正当化しやすくなったのです。
その結果、売上が維持され、わずかに増加するという現象が起きたと考えられます。
フェアトレード商品を売りたい企業が取るべき対策
ここまでの結果を踏まえ、企業が取るべき最も重要な対策は、消費者が価値を感じやすい文脈でフェアトレードなどの倫理的ラベルを活用することです。
特に、価格を変えずに導入できる場合は、売上の向上が見込めるため、コストパフォーマンスの高い差別化手段となります。
商品パッケージや店頭表示に「フェアトレードであること」を明確に伝えるだけでも、一定の購買行動を促すことができます。
また、ターゲット顧客の価格感度に応じて、フェアトレード認証商品の価格設定を戦略的に調整することも求められます。
この研究では、価格に対して鈍感な層では、値上げ後も売上が落ちなかったことが示されており、こうした層には価格プレミアムを設ける余地があります。
一方で、価格に敏感な顧客層には、ラベルの効果を維持しつつ価格を抑えるか、割引やセット販売などの工夫が必要です。
さらに、ラベルを表示するだけでなく、「なぜその価格なのか」「どんな社会的価値があるのか」を伝えるメッセージを添えることが効果的です。
情報が補足されることで、消費者はその価格に納得しやすくなり、購入への心理的ハードルが下がります。
ブランドの信頼性や共感性を高めるきっかけとなる
フェアトレードのような倫理的価値は、もはや一部の意識の高い層だけの関心事ではありません。
若年層を中心に、社会課題への関心が高まりつつあり、商品選択において「共感できる企業かどうか」が重視される傾向があります。
Z世代やミレニアル世代は、自分の消費行動が社会にどのような影響を与えるかを意識する傾向が強く、企業の姿勢や背景にあるストーリーまで見ています。
だからこそ、フェアトレードは単なるラベルではなく、ブランドの価値観やビジョンを伝える「媒体」として機能します。
SNSや口コミの拡散力が大きな影響力を持つ現在において、企業の社会的な姿勢は簡単に評価され、共有されます。
こうした環境では、フェアトレードのような取り組みが、ブランドの信頼性や共感性を高めるきっかけとなり、長期的な顧客との関係構築にもつながっていくのです。
参考文献:Jens Hainmueller, Michael J. Hiscox, Sandra Sequeira; Consumer Demand for Fair Trade: Evidence from a Multistore Field Experiment.