記憶に残る広告を作ることは、マーケティング担当者にとって常に重要な課題です。
広告が消費者の心に深く刻まれることで、ブランドの認知や購入意欲の向上が期待できるため、その「記憶効果」は広告の成否を分ける重要な要素といえます。
しかし、近年の研究では、広告そのものの出来栄えだけではなく、その広告がどのような「文脈」で視聴されるか、すなわちどのような広告と並べられて表示されるかが、見る人の記憶に大きな影響を及ぼすことが示されています。
実際に行われた実験では、いわゆる「クリエイティブな広告」が、それと同じタイミングで視聴された他の広告の記憶を阻害する現象が確認されました。
つまり、ある広告が非常に印象的で記憶に残りやすいものである場合、その印象の強さが他の広告の印象を薄め、視聴者の頭の中での「記憶の枠」を占有してしまうのです。
こうした記憶の干渉が起こると、消費者はクリエイティブではない広告の内容やブランド名を思い出しにくくなることがあります。
クリエイティブな広告が他の広告に与える影響
クリエイティブな広告が、他の広告に与える影響を調べたクイーンズランド工科大学の研究チームによる実験があります。
この実験では、参加者を2つのグループに分けて、それぞれ異なるCM構成のテレビ番組を見せました。
片方のグループには、すべて「普通の広告(非クリエイティブ)」が含まれた番組を見せ、もう片方のグループには、一部に「広告賞を受賞したような広告(クリエイティブ)」を混ぜた番組を見せました。
広告の長さや商品カテゴリ、ブランドの認知度などは統一されており、番組の内容に自然に組み込まれる形でCMが表示されました。
番組の視聴後、参加者には「どのブランドの広告を見たか?」を自由に思い出してもらうテストが行われました。
その結果、クリエイティブな広告を含む番組を見たグループの方が、クリエイティブではない広告を想起する数が少ない傾向にありました。
具体的には、60%以上の記憶低下を示しており、これは非常に大きな差です。
また、思い出した順番を分析すると、クリエイティブな広告の方が早く思い出される傾向も見られました。
つまり、視聴者はまず印象に残った広告を思い出し、それ以外の広告の記憶が後回しになってしまう可能性があるということです。
競合ブランドの広告がクリエイティブであるほど記憶は混乱する
さらに別の実験では、広告を出稿する企業が同業種かどうかが、クリエイティブではない広告の記憶の想起に影響することも分かりました。
こちらの実験でも、先ほどと同じく、クリエイティブな広告を含む条件と含まない条件で、どれだけ思い出せるかをテストしました.
このとき、参加者を2グループに分けて、以下のどちらかを見せました。
- 競合ブランド同士の広告(例:AT&TとSprint=どちらも携帯会社)
- 非競合ブランド同士の広告(例:AdvilやTropicana=製薬会社と飲料水会社)
この実験でもクリエイティブな広告を見たグループの方が、クリエイティブでない広告のブランドを思い出しにくくなりました。
特に、同じカテゴリの競合ブランドの記憶が大きく下がるという結果が出ました。
さらに、クリエイティブな広告が含まれる条件では「誤って思い出されたブランド名(誤想起)」の数も増えていました。
これは、記憶が曖昧になり、ブランドの混同が生じている可能性を示しています。
消費者の脳内の検索リストで起こっていること
なぜクリエイティブな広告を見ると、他の広告を思い出しにくくなるのでしょうか?
これには、「記憶の干渉」と呼ばれる心理学的なメカニズムが関係しています。
記憶の干渉とは、ある情報を記憶することや思い出すことが、別の情報の記憶や想起を妨げてしまう現象のことです。
特に、ある記憶が強く頭に残っている場合、それが他の情報の想起を阻害する傾向があるとされます。
人間の脳は、一度に大量の情報を処理することが難しく、記憶の検索も「より鮮明で強い情報」から順に行われやすい特徴を持っています。
つまり、創造的で目立つ広告は、見た瞬間に強く記憶に刻まれ、あとで思い出そうとする際にも、自然と最初に想起されやすくなるのです。
このような広告は記憶の中での出現順位(出力順位)が高く、いわば脳の中の「検索リスト」の上位に登録されるようなイメージです。
そして、この検索リストにおいて上位を占める広告が何度も思い出されることで、他の通常の広告にアクセスしづらくなります。
クリエイティブな広告が何度も頭の中で再生されるうちに、他の広告は「呼び出される順番」が回ってこなくなり、思い出しにくくなるのです。
特に記憶を呼び起こす際には、脳は何度も同じ記憶を引っ張り出そうとする傾向があるため、一度でもクリエイティブな広告を思い出してしまうと、その記憶が再び想起されやすくなり、ますます他の広告の存在が薄れてしまいます。
このような繰り返しによって、通常の広告は記憶の中で埋もれていき、結果として視聴者に思い出されにくくなるのです。
しかも、クリエイティブな広告の記憶が非常に強い場合には、それに関連するブランド以外の情報すら混乱してしまい、誤って他のブランド名を思い出してしまう「誤想起」も起こりやすくなることが研究の中で確認されています。
このように、クリエイティブな広告の力は、記憶に残るだけでなく、他の広告の記憶を押しのける力も持っているということです。
攻めにも守りにも強いクリエイティブな広告
今回の実験から、優れた広告を単体で制作することだけでは、必ずしも高い広告効果を得られるとは限らないことが分かります。
周囲にどのような広告が存在するかによって、自社の広告の記憶への残り方や影響力が大きく変わってしまうのです。
たとえば、ある企業が通常の広告を放映したとしても、そのすぐ前に斬新で印象的な競合ブランドの広告が流れていた場合、視聴者の注意や記憶の多くがそのクリエイティブな広告に持っていかれてしまい、その後に放映された自社広告のブランド名やメッセージがほとんど記憶に残らない、ということが起こり得ます。
逆に自社が目立つクリエイティブな広告を制作した場合には、他社の広告を記憶から押し出すことができ、競合のブランド想起を妨げると同時に、自社ブランドの想起率を優位にすることが可能になります。
つまり、クリエイティブな広告は、自社の印象を強めるだけでなく、間接的に他社の広告効果を下げるという、攻守両面の働きを持っているといえます。
どんな広告と並べられるかを考慮した広告戦略が必要
このような知見を踏まえると、広告戦略を立てる際には、広告の完成度を高めるだけでなく、その広告が「いつ」「どこで」「どのような広告と並んで」視聴者に届けられるのかというメディア環境全体を見据えてプランニングすることが必要になります。
たとえば、テレビCMであれば、どの時間帯のどの番組で流すのか、どの企業の広告と前後する可能性があるのかまで考慮することが重要です。
また、YouTubeやSNS広告であっても、アルゴリズムによってどのような関連広告と並べられる可能性があるのかを意識しながら出稿を検討するべきでしょう。
つまり、広告の戦いは広告単体の出来栄えだけでなく、その広告が置かれる「競争環境」まで含めた、総合的な戦略によって決まるのです。
今後の広告戦略では、クリエイティブとメディアの両面から、「記憶に残る」ための設計が重要になると考えられます。
参考文献:Jin, H. S., Kerr, G., & Suh, J. (2019). Impairment effects of creative ads on brand recall for other ads.