心理学や行動経済学の研究によれば、消費者の意思決定はしばしば「見えない仕掛け」に左右されることが分かっています。その一つが「デコイ効果(おとり効果)」と呼ばれる現象です。
デコイ効果とは「ドミナント」と呼ばれる優れた商品と「デコイ」と呼ばれる劣った商品が並んでいると、ドミナントが相対的に魅力的に見えて選ばれやすくなる仕組みです。
たとえば、次のような新聞購読の料金プランを考えてみましょう。
- ウェブ版:2,000円
- 紙版:2,500円
- ウェブ+紙版:2,500円
この場合、紙版を単独で選ぶ人はほとんどいませんが、紙版の存在が「ウェブ+紙版」を選んだ方がお得という印象を与え、結果的に最も高額なプランが選ばれやすくなります。これが典型的なデコイ効果の例です。
雑誌の購読プランやコーヒーのサイズ展開といった事例でよく利用され、マーケティングの現場では「おとり効果」として知られています。
ダイアモンド販売でデコイ効果は発生するか?
ブリティッシュコロンビア大学の研究者らが、大手のダイヤモンド小売業者からECの販売データを収集して、デコイ効果を調べた研究があります。
対象となったのはラウンドカットのダイヤモンドで、価格帯は2,000ドルから20,000ドルの範囲に絞られています。
ダイヤモンドは「4C」と呼ばれる基準(カット、カラー、クラリティ、カラット)によって品質が数値化されており、商品の優劣を客観的に比較しやすいという特徴があります。
研究者たちはこの特性を利用して、どの商品が「ドミナント(より優れた商品)」で、どの商品が「デコイ(劣るが比較を通じて他の商品を際立たせる商品)」であるかを明確に分類しました。
分析にあたっては消費者が実際にデコイとドミナントの関係を「検出する確率」と、その関係を検出した後に「ドミナントを選ぶ確率」という二つの段階を区別して推定しています。
購入する確率が1.8倍~3.2倍の範囲で大幅に上昇
分析結果として、まず分かったのは消費者がデコイとドミナントの関係を認識する確率は全体の11%から25%程度と、それほど高くないということでした。高品質な商品と低品質な商品を相対的に見る消費者は少ないということです。
しかし一度その関係を認識すると、ドミナント商品の購入に至る確率は条件によって1.8倍~3.2倍の範囲で大幅に上昇しました。つまり、デコイ効果はすべての消費者に常に作用するわけではないものの、検出された場合には非常に強力な影響を及ぼすということです。
さらに、企業の収益への影響を試算したところ、デコイ効果によって粗利益が14.3%増加することが明らかになりました。これはドミナント商品の売上増加が、デコイ商品の売上減少を十分に補って余りある規模だったからです。
またシミュレーション分析から、デコイの数が増えたり、商品の価格分散が大きくなったりすると、この効果はさらに強まる可能性があることも確認されました。
デコイ効果が発生するメカニズム
この研究結果からいえることは消費者の意思決定が常に合理的ではなく、比較による相対的な判断に大きく影響されるということです。
ダイヤモンドのように品質が「4C」で分かりやすく数値化される商品では一見すると選択が客観的に行われるように思えます。しかし実際には複数の商品を並べて比較するなかで「こちらの方が相対的に優れている」という印象が強くなり、それが購買の意思決定を左右するのです。
デコイ商品はそれ自身が選ばれるためではなく、他の商品をより魅力的に見せる役割を持っています。消費者がデコイとドミナントの関係に気づくと、「デコイより確実に優れているから、こちらを選べば損はしない」と安心感を覚えます。その結果、ドミナント商品の選択確率が大幅に上がるのです。
また、すべての人がこの関係に気づくわけではなく、実際に検出確率は2割前後にとどまりました。しかし、気づいた人にとっては「比較対象があることで選択に自信を持てる」効果が強く働くため、購入確率が2倍から3倍に跳ね上がりました。
つまり、全員に効かなくても、一部の人に強く作用することで全体の売上と利益を押し上げる効果があるのです。
デコイ効果を活用した企業戦略
今回の研究はデコイ効果を収益向上につなげるマーケティング手法として使えることを示唆しています。粗利益を14.3%押し上げるほどのインパクトが確認されたことは商品設計や価格戦略を担う企業にとって非常に重要なポイントとなります。ここではこの研究結果をもとに企業が取るべき具体的な戦略を整理します。
価格プランや商品ラインナップの設計にデコイを活用する
企業は料金プランや商品構成を考える際に、単純に「安い・高い」の二択を提示するのではなく、戦略的に「おとり」となる選択肢を配置することが有効です。
例えばサブスクリプション型サービスであれば、利用者が自然に「スタンダード」や「プレミアム」といった収益性の高いプランを選ぶように設計できます。
自然に発生するデコイを見逃さず活用する
研究では企業が意図的に仕掛けなくても、価格差や品質差によってデコイ効果が自然に生じることがあると示されました。
したがって、自社の商品ラインナップを定期的に点検し、無意識に発生しているデコイ構造を把握することで、思わぬ収益増加につなげることができます。
顧客体験と倫理性のバランスを保つ
デコイ戦略は強力ですが、消費者に「操作されている」と感じさせてしまうと、ブランドイメージの低下や不信感につながるリスクがあります。
そのため、単に収益を追求するのではなく、顧客にとっても納得できる選択肢や価値を同時に提供することが不可欠です。価格に見合った付加価値やサービスを用意することで、心理的誘導と顧客満足を両立できます。
データ分析を活用してデコイ設計を最適化する
消費者がどのような条件でデコイ効果を認識するかは一様ではありません。価格帯や商品の種類によって検出率は変動します。
したがって、顧客データや購買履歴をもとに、どの層にどのようなデコイ構造が効きやすいのかを分析することで、戦略の精度を高められます。
AIや機械学習を活用すれば、より個別化されたプラン設計も可能になるでしょう。
参考文献:Wu, C., & Cosguner, K. (2020). Profiting from the decoy effect: A case study of an online diamond retailer. Marketing Science, 39(6).