「今どき、手紙でキャンペーン案内なんて古い」と思っているかもしれません。
確かに、デジタルマーケティングが主流となった今、紙のダイレクトメール(DM)は時代遅れの手法に見えるのも当然です。
しかし、実証研究によって、紙のDMは現在でも効果があること、そしてそれはEメールとはまったく異なる性質を持っていることが明らかになっています。
紙のダイレクトメール(DM)とEメールの効果を分析
IESEビジネススクールのアルバート・ヴァレンティ准教授らのチームが、紙のDMとEメールの効果を分析した研究があります。
この研究では、国際的な化粧品ブランドとアパレル企業の2社から、実際の購買履歴とマーケティング施策のデータを提供してもらっています。
これらのデータから、顧客の購買頻度や支払い金額、紙のDMやEメールを受け取ったときにオンラインや実店舗でどれくらい買い物をしたのか等を詳しく調べました。
分析の結果、次のことがわかりました。
紙のDMは実店舗への来店を促す
まず、紙のDMは主に実店舗での購入を増やす効果がありました。
この理由として、紙のDMには視覚的に認識しやすいクーポンや案内などが付けられていることが挙げられます。
このような物質的な特典は、デジタルよりも「持って行って使う」という行動をイメージしやすく、結果として実店舗への来店を促す導線になりやすいのです。
また、Eメールと違って、届いた瞬間に削除されることが少なく、週末にゆっくり読む人も多いため、購買行動までの心理的な準備が整いやすいのです。
こうした「ゆっくり考えてから行動する」という流れは、即時性を重視するオンラインよりも、予定を立てて行く実店舗の利用にマッチしているといえます。
紙のDMは見込客の来店と初回購入を促す
紙のDMは購入経験のない見込客の来店や初回購入を特に促しやすいことも分かりました。
これは紙のDMならではの「物理的な存在感」と「情報量の豊富さ」が影響していると考えられます。
見込客は、まだそのブランドの商品を一度も買ったことがない人たちです。
そうした人にとって、Eメールのような簡単な通知よりも、実際に手元に届く紙のDMのほうがインパクトが大きくなります。
また、紙のDMにはカタログやパンフレットのように、写真や説明文など多くの情報を載せることができます。
そのため、商品やブランドのことを知らない見込客にとっては、「何を扱っている会社か」「どんな魅力があるのか」をじっくり理解する助けになります。
さらに、人によっては紙のDMのほうが「大切に扱われている」と感じやすく、好印象につながることもあります。
このような理由から、紙のDMは見込客の「初めの一歩」を引き出すのに向いている施策だったのです。
Eメールは上得意客に効果的
Eメールは既存顧客、特に中~高頻度で買ってくれている顧客に対して効果的でした。
こうした顧客は過去に何度も購入した経験があり、商品やサービスに満足している可能性が高いです。
そのため、「また買いたい」という気持ちはあるけれど、ただ忘れていたり、タイミングを待っていたりするだけの場合も多いのです。
そこに、タイミングよくEメールが届くことで、「そういえば、そろそろ買おうかな」と思い出してもらうきっかけになります。
さらに、Eメールはすぐに開けて、リンクをクリックするだけで簡単に購入ページにアクセスできます。
忙しい生活の中で、手軽さはとても大きなメリットです。既に関心を持っている人にとっては、その一押しだけで購入につながる可能性が高くなるのです。
逆に高頻度で買ってくれている上得意客に紙のDMを送っても、コストの割にはそれほど効果がないことも分かっています。
すでに何度も購入していてブランドに詳しい顧客にとって、「目新しいニュース」や「詳しく知りたい情報」はそれほど多くないからです。
L’OCCITANE(ロクシタン)の顧客を対象に行った実験
ここまでの分析で分かったことは、実際のマーケティングの現場でも応用できるのでしょうか?
実は研究者たちは、それも確かめています。
国際的な美容ブランドであるロクシタンの顧客(約12万人)を対象に、実験を行っているのです。
この実験では、顧客をグループ分けし、見込客には紙のDM、頻繁に購入する客にはEメールを送って、グループ分けせずに送る場合と比べ、売上がどう変化するのか確かめています。
その結果、グループ分けして、それぞれに応じた方法で案内を送った場合には、売上が6.5%増加することが分かりました。
特に、見込み客に紙のDMを送ったときに、実店舗での購入が増加しました。
また、既存の高頻度で買ってくれている顧客には、Eメールだけで十分な効果があることも確認されました。
自社に既にある顧客データで実践可能
この研究が示しているのは、「なんとなくの勘」や「昔からの慣習」でマーケティング施策を決めてしまうことのリスクです。
コストの高い紙のDMを上得意客に送る、というのは一見もっともらしく見えますが、必ずしも売上につながるわけではないのです。
実際には新規顧客の心をつかむために、そのリソースを使うべきかもしれません。
もうひとつ注目すべき点は、この研究で使われたモデルは、企業が普段使っている購買履歴データだけで再現可能だということです。
特別な調査や追加コストをかけずに、今ある顧客データを整理して使えば、同じように効果的な配分を見つけ出すことができます。
つまり、この手法は決して研究室の中の空論ではなく、現場ですぐに応用できるものなのです。
限られたマーケティングの予算をどう配分するかは、悩ましい問題です。
しかし、この研究のように「誰に」「どのチャネルで」「どのタイミングで」届けるかを科学的に考えることで、売上は大きく変わってきます。
今後の施策を立てる際には、データを活用して、より賢い選択をしましょう。
参考文献:Albert Valenti, Shuba Srinivasan. (2021). Direct mail to prospects and email to current customers? Modeling and feld‑testing multichannel marketing.