感情マーケティング!事例研究で分かった効果的な方法

顧客は毎日、無数の広告に囲まれています。しかし、その中で実際に「心に残る」広告はごくわずかです。そこからさらに売上までつながるものはもっと少ないでしょう。

記憶に残り、消費者の購買行動まで起こさせる広告と、そうでない広告の違いは、情報の多さやデザインだけでなく、「感情に訴えているかどうか」にあります。

例えば、ある広告が「あなたの健康が危ない」と伝えたうえで「この商品を使えば守れます」と語りかけるとき、そこには「恐怖」と「安心」の感情が混ざっています。

あるいは、人気の俳優が使っている様子を見て、「私もあの人のようになりたい」と思うとき、そこには「憧れ」の感情が働いています。

このような感情を意識的に取り入れたマーケティング戦略の有効性について、事例研究をもとに解説します。

感情に訴えかける効果的な3つのマーケティング手法

感情に訴えかけるマーケティングがどのような効果をもたらすのかを分析した、スタンフォード国際大学の調査チームによる研究があります。

この研究では、まず、心理学やマーケティングに関して、これまでに発表された学術論文や事例研究のデータを収集しました。

収集された文献は、「潜在意識への広告」「説得技法」「価格戦略における心理的応用」という3つの主要カテゴリに分けられました。

それぞれのカテゴリにおいて、特に効果があった施策や成功事例、または人間心理との関係が明らかになっている事象を抽出し、個別に分析を行いました。

これらを通して、マーケティング分野において消費者心理がどのように活用され、どのような成果を上げているかを検討したところ、以下のことが分かりました。

1.潜在意識に働きかける広告

まず、潜在意識に働きかける広告の分野では、消費者が意識していないうちに気分や行動が影響されるような工夫が、多くの企業によって活用されていることが明らかになりました。

香りで気分をポジティブに変える

ショッピングモールの実験では、空間に柑橘系の香りを6分ごとに数秒間だけ拡散したところ、来店者の気分が明るくなり、店舗全体の印象がよくなったという結果が出ました。

このような香りの演出は、消費者の記憶や感情に働きかける力を持っており、商品やブランドに対してポジティブな印象を生み出します。

サブリミナル広告

さらに、サブリミナル広告も注目されています。

これは、消費者が気づかないような形でメッセージを送り、無意識のうちに行動を変える手法です。

映画の中に特定の飲み物やお菓子を自然に登場させる「プロダクト・プレイスメント」がその一例です。

映画『ホーム・アローン』でペプシを飲むシーンを見せられた子どもたちは、その後にペプシとコカ・コーラのどちらかを選ぶ場面で、67%がペプシを選んだという研究結果があります。

実際、映画『E.T.』に登場した「Reese’sPieces」というチョコレート菓子の売上が、放映後の3か月で65%も増加したという報告もあります。

こうした事例から、消費者は自覚がないままに広告の影響を受け、購買行動に結びついていることがわかります。

色による感情の誘導

色彩の使い方も重要なポイントとして挙げられています。

たとえば、青色は信頼感や安心感を与える色とされており、多くのSNSアプリ(Facebookなど)がこの色をベースにしています。

消費者はこのような色を見ると、無意識のうちに「信頼できる」「落ち着く」と感じ、ブランドやサービスに対する好意が高まります。

また、緑は自然や健康を連想させ、食品やエコ製品などで多く使われています。

このように、色には見る人の気分や印象を操作する力があり、適切に使うことで商品の魅力を強化できます。

2.説得技法

次に、「説得技法」の分野では、感情を動かす表現が消費者に強く影響することがわかりました。とくに恐怖を利用した広告は、消費者の「自分を守りたい」という本能を刺激します。

不安や恐怖、危機感を煽る

ある実験では、「紫外線を浴びすぎると皮膚がんになる」という警告のあとに、「この日焼け止めを使えば予防できる」と伝えた広告を見せたところ、多くの人の購買意欲が高まったことが報告されています。

このように、不安や危機感をあおったうえで、それを解消する手段として商品を提示する手法は、強い購買動機につながることが実証されています。

共感や憧れを利用する

共感や憧れを利用することも効果的です。

著名なシェフや俳優、インフルエンサーが商品を紹介することで、「あの人が使っているなら安心」「自分もあの人のようになりたい」と思わせ、ブランドへの親近感や信頼感を高めることができます。

2002年にイギリスのスーパーマーケット「Tesco」が料理人のジェイミー・オリバーを起用したキャンペーンでは、あまり注目されていなかった電子レンジ食品の売上が約2.25億ドル増加し、さらに2.2億ドルの追加収益を生み出しました。

また、ナイキとクリスティアーノ・ロナウドのタイアップ広告では、視聴者の約72%がナイキを思い出し、最も強いブランドと認識したという結果が出ており、セレブの影響力の強さが裏付けられています。

3.価格戦略

「価格戦略」においては、消費者が「お得感」や「高級感」をどう感じるかが、購入の意思決定に大きな影響を与えることが分かりました。

「無料」という言葉を使う

「1個買うと1個無料」といった表現は、「〇%オフ」と単に割引をするよりも強い印象を与えます。

消費者は「無料」という言葉に特別な価値を感じやすく、それによって「今のうちに買わなければ損だ」と思いやすくなるからです。

価格の最後の桁は「9」か「0」

また、商品の価格を「9」で終わらせることで「安く見える」という効果があり、スーパーやファストフードでよく使われます。(※1)

逆に、価格を「0」で終わらせたり、きれいな数字(たとえば3,000円など)にすることで、「高級感」や「信頼感」が出るとされています。

高級レストランでは、このような偶数価格や端数のない価格を使うことで、洗練された印象を与え、価格の高さを納得させることができます。

(※1 逆に高く見えるという研究もあるので注意)

あえての高価格で価値を高める

ブランド自体が「高い=価値がある」と見せる戦略も有効です。

たとえば、プラダの「Beseen,beheard(見られたいなら、聞かれたいなら)」というスローガンは、「このブランドを身に着けることで、自分が注目される存在になれる」と感じさせ、実際の価格以上の心理的価値を生み出しています。

このように、高価格帯の商品であっても、消費者の自己肯定感や社会的評価の欲求を刺激することで、購買意欲を高められることも分かっています。

テクノロジーを応用し、感情を読み取り、感情に訴える

以上のように、消費者の感情や潜在意識に働きかけるマーケティング手法は、購買行動に大きな影響を与えます。

近年では、こうした心理的アプローチに、AIやスマートデバイスを組み合わせたマーケティングも広がりを見せています。

たとえば、AIがユーザーの過去の行動や好みを分析し、その人の気持ちに合わせた広告を自動的に表示する仕組みが登場しています。これにより、一人ひとりに合わせた「感情ベースの広告」がより簡単に届けられるようになってきています。

過去の購買履歴やSNSの反応から、その人の「恐怖」「憧れ」「共感」をくすぐる内容を自動で提案するような広告も、すでに一部では実用化されています。

今の時代は、「どんな商品か」だけでなく、「どんな気持ちに寄り添えるか」が問われています。

感情を読み取り、感情に訴える。そんなマーケティングが今後ますます重要となっていきます。

参考文献:Cheyenne Sheard, Kewarin Tantong, and Ryan Lee Wiley. (2024). The Positive Effects of Consumer Psychology on Marketing within Businesses.