InstagramストーリーやSnapchatなど、「消えるコンテンツ」がSNSの主流になってきました。
これらのコンテンツは投稿が短時間で消えることで、ユーザーの注目を集めやすいという特徴があります。
では、こうしたエフェメラル(一定時間で消える)なコンテンツに広告を載せた場合に効果はあるのでしょうか?
一度しか見られない広告は、すぐに忘れられてしまいそうな気もします。
しかし、実際の広告を用いた実験では、その逆の結果が出ています。
「あとで見返せない」と思うことで、ユーザーの記憶に残りやすくなったのです。
Instagramに広告を出稿して行われた実験
この実験を行ったのはサンディエゴ大学のコリン・キャンベル博士らの研究チームです。
博士らはInstagramを使って、実際の広告キャンペーンを行いました。
広告の内容は、「You are Still on Mute(あなたはまだミュートのままです)」という言葉がプリントされたオリジナルTシャツの紹介でした。
これはユーモアを取り入れた商品で、若い世代にもなじみやすいデザインとなっていました。
このTシャツの広告を、Instagramの「ストーリー」に表示するパターンと、「通常のフィード投稿」として表示するパターンに分けて配信しました。
両方の広告は内容がまったく同じで、表示される場所と形式だけが異なるように設計されています。
ストーリー広告は数秒で自動的に消える一方、フィード広告はユーザーが保存したり、後で見返したりすることが可能です。
実験では、広告を流した後、ユーザーに対して「この広告を見たことがありますか?」というアンケートをInstagram上で実施しました。
その結果、ストーリーで広告を見たグループの方が、フィードで見たグループよりも「広告を見た」と答える割合が高くなりました。
この違いは統計的にも有意であり、たまたまの結果ではないことが分かっています。
つまり、ストーリーのように一時的に表示されて消えてしまう広告のほうが、人々の記憶に残りやすいというこです。
なぜストーリーの広告ほど記憶に残るのか?
なぜインスタのストーリーのように、すぐに消えてしまう広告ほど、記憶に残りやすいのでしょうか?
これには、消費者が、情報を理解したり覚えたりするためにどれだけ注意を向けて、頭を使っているかという「心のエネルギーのかけ方」が関係しています。
研究者らはこれを「処理努力(processing effort)」と呼んでいます。
たとえば、テレビをぼんやり見ているときは処理努力が低く、試験勉強をしているときは高い状態といえます。
処理努力の高い状態はそれだけ集中しているということですから、記憶にも残りやすくなります。
ストーリーの広告は、数秒で自動的に消えてしまうという特徴があります。
そのため、ユーザーは「今見ておかないと二度と見られないかもしれない」と感じやすくなります。こうした状況では、自然と注意を集中させて広告を見るようになります。
つまり、ユーザーが意識的に情報を処理しようとする力が強く働くのです。この「今しか見られない」という前提が、処理努力を高めるきっかけになります。
一方で、フィードに表示される広告は、あとでスクロールして戻って見直すことができます。
そのため、ユーザーは「今しっかり見なくても大丈夫」と感じてしまい、注意が散漫になりがちです。このとき、処理努力は低くなり、結果として記憶にも残りにくくなるのです。
つまり、ストーリー広告は「限られた時間でしか見られない」という状況が処理努力を引き出し、その高い集中状態が記憶の定着を助けているというわけです。
他の実験では、一度しか見ることができないとされた動画や料理のレシピほど、それを見た人は処理努力が高まり、より多くの内容を記憶していることも分かっています。
エフェメラルな広告はZ世代にこそ響く
この実験は、「一度しか見られない」という制限が、見る人の注意を引き出し、記憶に強く残ることを明らかにしました。
人は、後でまた見られると分かっている情報には油断しやすく、目の前の内容に集中しなくなります。
そのため、保存可能なコンテンツよりも、期限付きのコンテンツのほうが、自然と真剣に向き合うようになるのです。
こうした心理的な働きが、エフェメラル(消える)広告の強みとなっています。
また、Z世代をはじめとする若い世代の多くは、スマートフォンやSNSに日常的に触れて育ったことから、「いまこの瞬間の体験」や「リアルタイムのつながり」を重視する傾向が強いとされています。
彼らにとって、ずっと残る投稿よりも、短時間だけ共有されるストーリーやライブ配信のような形式の方が、親しみやすく価値があると感じられるのです。
そのため、そうした一時的なスタイルの広告のほうが心に届きやすく、共感されやすくなります。消えることを前提とした表現が、かえってユーザーとの距離を縮める手段になるのです。
テクノロジーが発達する中で、私たちは情報を「いかに長く残すか」を追い求めてきましたが、これからの広告やコンテンツ設計では「いかに印象的に消えるか」が新たなテーマになるかもしれません。
限られた時間だからこその緊張感や集中力は、人の記憶に深く作用します。エフェメラルな広告は、そうした心理の流れをうまく活かす手法です。
記憶に残すために、あえて消す。
この逆説的な考え方が、デジタル時代のマーケティングにおいて、有効な施策となるかもしれません。
参考文献:Colin Campbell, Sean Sands, et al. (2021). Fleeting, But Not Forgotten: Ephemerality as a Means to Increase Recall of Advertising.