近年、ファッション業界においてサステナビリティが重要なテーマとなっています。
その背景には、安価で大量生産を前提としたファストファッションが環境に与える負荷、そして劣悪な労働環境の存在が挙げられます。
特に2013年にバングラデシュで発生したラナプラザ崩落事故は、1,100人以上の犠牲者を出し、世界中の消費者やメディアに大きな衝撃を与えました。この事件以降、消費者は「自分が着ている服は誰がどんな環境で作ったのか」という問いを持つようになりました。
こうした背景のもと、サステナブルな取り組みは単なる「社会貢献」ではなく、企業の存続やブランド価値に直結する経営戦略として認識されるようになっています。消費者が購買行動で企業を評価する時代において、透明性と責任ある姿勢は欠かせない条件になっているのです。
また、ソーシャルメディアの普及によって、消費者は声を上げるだけでなく、それを一気に拡散できるようになりました。
特に「#WhoMadeMyClothes(誰が私の服を作ったのか)」というグローバルキャンペーンは、SNSを通じて企業の透明性を求めるムーブメントを強く押し広げています。
SNSから見えた消費者インサイト
ミズーリ大学コロンビア校の研究では、ファッションレボリューションウィークのSNS投稿を対象に、Twitter(X)とInstagramのユーザー発信データが分析されました。
その結果、消費者がサステナビリティの中で何を最優先に考えているのか、そしてプラットフォームごとにどのような特徴があるのかが明らかになりました。
Twitterは「知識・問題提起」、Instagramは「感情・共感」
Twitterでは、労働環境やサプライチェーンの透明性に関する具体的な事実や知識が共有される傾向が強く見られました。
一方、Instagramは写真やビジュアル中心のプラットフォームであるため、投稿には感情的な共感や連帯を示すメッセージが多く含まれていました。
マーケターにとって、この違いは情報発信の設計を考えるうえで非常に重要です。
事実をベースに信頼性を高めたい場合はTwitter、共感やストーリーを伝えたい場合はInstagramが有効だといえるでしょう。
労働環境改善が最優先
両プラットフォームに共通して、消費者が最も強く反応したテーマは労働環境の改善でした。
安全な作業環境、公正な賃金、児童労働の廃止など、衣服を作る人々の人権に関する訴えは大きな共感を呼びました。
これは、企業がサステナブルな取り組みをアピールする際に、最優先で取り組むべき課題であることを示しています。
透明性はゴールではなく手段
分析結果からは、透明性を求める声も多く見られました。
しかし消費者が本当に望んでいるのは「透明性そのもの」ではなく、その裏にある労働環境や環境対策が実際に改善されているかどうかです。
単にサプライチェーンの情報を開示するだけでは不十分であり、そこに具体的なアクションや成果を結びつけて伝える必要があります。
環境保護とコミュニティ支援の位置づけ
さらに、環境保護(リサイクルやスローファッションなど)やコミュニティ支援(女性労働者や職人へのサポート)も重要なテーマとして浮かび上がりました。
ただし、プラットフォームによって優先度は異なり、Twitterでは環境問題が重視され、Instagramではコミュニティや感情的つながりへの共感が目立ちました。
マーケターが学ぶべきSNS戦略のポイント
SNS分析から得られた知見は、マーケティング戦略に直結します。
消費者がどのようなテーマに関心を持ち、どのように反応するのかを理解することで、ブランドが発信するメッセージの設計やキャンペーンの方向性を最適化できます。
キャンペーン設計 ― プラットフォーム特性をどう生かすか
Twitterは事実ベースの情報共有に強いため、サステナビリティレポートや調査データの発信に向いています。信頼性を担保し、ブランドの姿勢を知識として浸透させる効果が期待できます。
一方でInstagramはビジュアル中心の共感型メディアであるため、労働者や職人の写真、感謝や共創を訴えるストーリーに最適です。
同じテーマでも、プラットフォームによって訴求方法を変えることが重要です。
ストーリーテリング ― 労働者や職人の声を可視化する方法
消費者は数字や制度の説明だけでなく、実際に働く人々の顔や声に強い共感を抱きます。
例えば「この服を作ったのは、こういう生活をしている職人です」という具体的なストーリーは、ブランドの信頼性を高め、購買意欲を喚起します。
ストーリーテリングは透明性を「生きた情報」に変換する鍵となります。
消費者を「共創者」として巻き込むハッシュタグ活用術
「#WhoMadeMyClothes」のように、消費者が能動的に参加できるハッシュタグキャンペーンは、ブランドの一方的な発信を超えて、双方向のコミュニケーションを生み出します。
消費者が投稿することでキャンペーンは自然に拡散し、ブランドへの信頼感や共感が醸成されます。
透明性を伝えるだけでなく行動で示すブランド姿勢
単に「透明性を高めます」と表明するだけでは不十分です。
サプライチェーンの実態を開示し、具体的な改善策や成果を定期的に発信することで、初めて消費者の信頼を得られます。
透明性は目的ではなく、信頼構築のための手段であることを忘れてはいけません。
実務に生かすアクションプラン
マーケターがこの研究から学べる具体的なアクションプランを整理します。
ターゲットごとに最適化したSNSメッセージの発信
若年層にはInstagramで感情に訴えるビジュアルを、ビジネス関係者や情報感度の高い層にはTwitterでデータや事例を発信するなど、ターゲットに応じてプラットフォームを使い分ける戦略が有効です。
調査データではなく“リアルな投稿”から得られる消費者心理
従来の調査では「透明性が大切」と答える人が多い一方、SNS上では労働環境改善や地域支援への関心が強く表れていました。
この違いは、消費者が「実際に心を動かされたテーマ」を可視化する点で非常に重要です。
リアルな投稿分析は、従来調査の限界を補完するツールとして活用できます。
今後のサステナブルブランドに求められる新しいKPIとは?
これからのKPIは単なる売上やフォロワー数ではなく、エンゲージメントの質や共感の深さが重要です。
具体的には「消費者による自主的な投稿数」「ブランドメッセージに共感した再投稿率」などが、新しい評価基準として有効になるでしょう。
これからのSNSとファッションの関係性
ファッション業界におけるサステナビリティの議論は、今後さらに多様なプラットフォームで展開されていくと考えられます。
近年はTikTokをはじめとするショート動画サービスの存在感が高まり、消費者がわずかな時間で強い印象を受ける環境が整っています。動画を通じたストーリーテリングは、Instagram以上に感情に訴える力を持ち、特に若年層に対する影響が大きいといえるでしょう。
また、ブロックチェーンやトレーサビリティ技術の発展により、製品の生産履歴を誰でも簡単に確認できる時代が近づいています。単なる「企業からの発信」ではなく、「デジタルで裏付けされた透明性」がブランドの信頼性を高める要素になる可能性があります。
さらに、消費者とブランドの距離が縮まることで、共同で企画を進める「コラボ型サステナ」も広がると予想されます。
たとえば、ユーザー投票で製品ラインの一部を決定したり、SNS上でリサイクル素材のデザインコンペを行ったりすることで、消費者は単なる購買者から「共創者」へと役割を広げていくでしょう。
参考文献:Dipali Modi, Li Zhao; Social media analysis of consumer opinion on apparel supply chain transparency. Journal of Fashion Marketing and Management: An International Journal 29 June 2021; 25 (3): 465–481.