クレーム対応は、企業にとって信頼回復の重要な場面であると同時に、お客様との関係を再構築するチャンスでもあります。
多くの企業がこのような場面で「申し訳ございません」と謝罪するのは当然のことと考えていますが、実はそれ以上に効果的な対応があります。
それが「感謝の言葉」を伝えることです。
近年の心理学やマーケティングの研究では、同じトラブル対応でも、「謝罪」より「感謝」の方が顧客により良い印象を与えることがあると示されています。
トラブル発生時の「感謝」と「謝罪」の効果
企業側がミスをしたときに、「謝罪」と「感謝」では、顧客の反応が変わるのか、ということを調べたマサチューセッツ大学のヤンフェン・ユウ准教授らの実験があります。
この実験では、研究への参加のお礼として好きなギフトを写真から選ばせました。
しかし、実際に渡されるギフトは、写真のものよりも品質が劣るものとなっていました。
それを説明するときに、謝罪を伝えられるグループと、感謝を伝えられるグループがありました。
その後で、このギフトのやり取りについての満足度を7段階で評価してもらいました。
その結果、感謝を伝えられたグループの満足度は平均6.31だったのに対し、謝罪を伝えられたグループの満足度は平均5.47と大きな差が生まれました。
他の参加者を対象に「アンケートに協力してもらう」という実験も行っています。
こちらでは、「最初に渡したアンケートの内容が間違っていたので、再び協力してもらえないか?」というお願いをしました。
このとき、謝罪を受けたグループよりも感謝されたグループのほうが、再度アンケートに協力する割合が高く、より協力的な態度を示したことが明らかになりました。
謝罪よりも感謝のほうが効果的な理由
「感謝」が「謝罪」よりも効果的である理由は、顧客の心理に対する働きかけ方の違いにあります。
謝罪の言葉である「申し訳ございません」は、サービス提供者が自分たちの非や責任を認める行為であり、問題が起きたことに対する誠意を伝える役割を果たします。
しかしこの言葉は、顧客の視点に立ったとき、企業の失敗にばかり焦点が当たり、顧客自身の気持ちや行動にはあまり触れません。
そのため、顧客が自分を認められたと感じにくいという側面があります。
一方、「ありがとうございます」は、顧客の理解や忍耐、協力に対して感謝を示す表現です。
この言葉を使うことで、顧客は自分の行動が肯定された、あるいは評価されたと感じやすくなります。
こうした感覚は自己評価(self-esteem)を高め、顧客が「自分は価値ある存在だ」と思えるようになります。
心理学では、人は自分の価値を認めてくれる相手に対して、より好意的な感情を抱く傾向があるとされています。そして、これはマーケティングやサービスの文脈においても同様の効果を発揮するのです。
「恩人」として扱われた顧客は寛容になる
さらに、「ありがとうございます」という言葉には前向きで温かい印象があります。
そのため、サービス失敗というネガティブな出来事の中でも、対話のトーンを和らげる効果があります。
謝罪はどうしても重たくなりがちですが、感謝の表現はその場の空気をやわらげ、顧客の気持ちを穏やかにするのです。
また、感謝には顧客を「恩人」として扱う構図が含まれており、心理的に優位な立場に置かれた顧客は、企業やサービス提供者に対して寛容になりやすくなります。
その結果として、満足度が高まり、再利用や友人への推薦といったポジティブな行動につながるということです。
企業が取るべき対策
企業が取るべき最も重要な対策は、サービス失敗時の対応において「謝罪一辺倒」の姿勢を見直し、状況に応じて感謝の表現を戦略的に取り入れることです。
配送の遅れや予約の変更といった軽度のトラブルが発生した際には、「申し訳ございません」ではなく「お待ちいただきありがとうございます」や「ご理解いただき感謝いたします」といった表現を積極的に使うことが顧客満足の向上につながります。
また、カスタマーサポート担当者や店舗スタッフに対しては、謝罪と感謝の効果の違いについての教育を実施し、場面ごとに適切な表現を選べるようにすることが求められます。
顧客対応マニュアルの中に謝罪だけでなく、顧客の貢献や理解を認めるフレーズの例を盛り込み、テンプレートとして用意しておくと現場で活用しやすくなります。
さらに、謝罪と感謝の効果をモニタリングする仕組みを導入することも有効です。
コールセンターの応対記録やSNS上の返信文を分析し、「ありがとうございます」を使った場合と「申し訳ございません」を使った場合で、顧客の反応に違いがあるかを検証することで、改善につなげることができます。
重要なのは、感謝が顧客の自己評価に働きかけ、心理的に満たされる体験を提供できるという点を理解することです。
感謝は顧客に「心理的な絆」を感じさせる
クレーム対応は、ただのトラブル処理ではなく、企業と顧客の関係性を深める貴重な機会でもあります。
謝罪によって信頼を取り戻すことはもちろん重要ですが、顧客の忍耐や理解を評価する「感謝」のひと言が、相手の自己評価を高め、むしろブランドへの好印象を生み出すことがあるのです。
もちろん、すべての場面で感謝が適しているわけではありません。重大な過失や事故には、真摯な謝罪が必要でしょう。
しかし、軽微なトラブルや待ち時間といった日常的な問題では、感謝の言葉を選ぶことで顧客の自己評価を高め、むしろブランドへの好印象を生み出すことができるのです。
さらに近年の研究では、感謝の言葉を受け取った顧客は、その企業との関係性に「意味がある」と感じやすくなることも示されています。つまり、「ありがとうございます」は、企業と顧客のあいだに心理的な絆を形成する触媒になりうるのです。
今度、ミスやサービスの遅延が発生したときには、ぜひ「申し訳ありません」ではなく、「ありがとうございます」と伝える勇気を持ってみてください。言葉を変えることで、関係も変わっていきます。
参考文献:Yanfen You, Xiaojing Yang, et al. (2019). When and Why Saying “Thank You” Is Better Than Saying “Sorry” in Redressing Service Failures: The Role of Self-Esteem.