今や多くの企業がSNSを通じて顧客とつながっています。
便利な一方で、サービスに不満を持った顧客が「怒りの声」をそのままSNSに投稿するケースも増えています。
こうした公の場でのクレームに対して、どのように対応すればよいのでしょうか?
なぜSNSクレーム対応は難しいのか?
まず、知っておくべきことは、SNSと実店舗では、クレームへの対応が変わらざるを得ないということです。
店舗やコールセンターでのクレーム対応では、表情や声のトーン、身振りといった非言語的な情報が豊富にやりとりされます。
顧客の怒りや不満を感じ取って、担当者がその場の雰囲気に合わせて対応を変えることが可能です。
また、やりとりがリアルタイムで行われるため、誤解が生まれにくく、必要に応じてその場で詳細を確認したり、すぐに謝罪や提案ができるという利点もあります。
一方で、SNSでのクレーム対応にはそうした柔軟性がほとんどありません。
まず、やりとりはテキストのみで行われるため、感情やニュアンスが伝わりにくく、受け取り方にズレが生じるリスクが高まります。
また、投稿は企業と顧客の間だけでなく、フォロワーや第三者にも公開されているため、企業側は「他の人からどう見られるか」を常に意識しながら対応しなければなりません。
その結果として、形式的で冷たい印象の返信になってしまうことも少なくありません。
さらに、SNSでのコミュニケーションは非同期であることが多く、顧客の投稿にすぐ返せるとは限りません。時間が空くことで、顧客の怒りが増幅したり、他のユーザーの共感を呼んで投稿が拡散されてしまうリスクも存在します。
このように、SNS特有の「感情の伝わりにくさ」「公の場であること」「時間差による誤解」などが複雑に絡み合っているため、問題を解決すればよいという従来型の対応だけでは不十分です。
そこで、まずは顧客の気持ちに寄り添い、「怒り」や「失望」といった高ぶった感情を少しでも落ち着かせることを優先しなければなりません。
そのために最も効果的なのが「共感」の表現なのです。
企業は共感を1%増やすと、クレーマーからの感謝が38%増える
SNS上で企業と顧客がやりとりしたクレーム対応の事例を分析した、ザンクトガレン大学のデニス・ヘルハウゼン教授らの研究があります。
この研究では、FacebookやTwitter(現X)上の数千件に及ぶ、企業と顧客のやりとりを収集しました。
その投稿内容から顧客がどれだけ怒っているかを、使われている言葉の「感情の強さ」で数値化しました。
そして、企業の返信に含まれる言葉から「共感」の程度(「お気持ちはよくわかります」などのフレーズがあるかなど)も分析しました。
その後、企業の返信に対して顧客が「ありがとう」などの感謝の言葉を返したかどうかを確認しました。
その結果、企業の返信に共感的な言葉づかいが多くなるほど、クレームを言っている顧客が最終的には、感謝の気持ちを示す確率が大きく高まることが分かりました。
共感的な表現を1%増やすだけで、感謝を得られる可能性が最大38%も高まるというデータも出ています。
なぜ共感すると顧客は感謝するのか?
なぜ共感的な表現を使うと感謝を得られる可能性が高まるのでしょうか?
それは、人間が「気持ちをわかってもらえた」と感じたときに心が落ち着き、相手に好意や信頼を抱きやすくなる性質を持っているからです。
たとえば、誰かに腹が立っていて、そのことを誰かに話したとき、「それは大変だったね」「つらかったでしょう」と言ってもらえるだけで、不思議と気持ちが軽くなった経験は多くの人がしているかと思います。
これは、「自分の気持ちを理解してもらえた」と感じることで、怒りや不満といった強い感情が和らぐためです。
SNSでクレームを投稿する人も、ただ問題を解決してほしいだけでなく、「怒っている気持ち」「裏切られた気持ち」「困っている気持ち」を企業にわかってほしいと思っています。
そんなときに、企業から「ご不便をお掛けしました」「ご心配をおかけして申し訳ありません」といった共感的な言葉が返ってくると、顧客は「気持ちを受け止めてもらえた」と感じやすくなります。
その結果として、仮に問題が根本的に解決しなくとも、感謝の気持ちが生まれやすくなるのです。
これは心理学的にもよく知られている「感情的なつながり」がもたらす効果であり、今回の研究でもその効果がSNS上のやりとりでもはっきりと確認されたということです。
アクティブリスニングは「ウザい」と思われることもある
今回の研究では、企業側のアクティブリスニングの姿勢も分析しています。
ここでいうアクティブリスニングとは、顧客のクレームをきちんと聴いてますよ、というアピールのことです。
例えば顧客が「機械のスイッチが入らない」と言ったら、同じ表現で「スイッチが入らないのですね」と繰り返すようなことが、その例です。
アクティブリスニングについても、顧客の怒りを鎮め、感謝を引き出す効果が見られました。
しかし、これには限度があり、やり過ぎると逆効果となることも分かりました。
それほど怒ってはいない顧客にまで、過度に寄り添いすぎると、鬱陶しいと感じられてしまうことが原因と考えられます。
やり取りを見ている第三者からの評価にも影響する
顧客が怒りや不満といった強い感情を抱えているとき、共感のある一言がその感情を和らげ、企業への信頼や感謝につながりやすくなることが実証されました。
これは、問題を完璧に解決できなかったとしても、「気持ちをわかろうとしてくれている」と感じさせることの価値を示しています。
実はこうしたSNS上のやりとりは、他の閲覧者にも影響を与えます。
企業の対応が冷たく見えるか、温かく見えるかによって、それを見た第三者のブランド評価も変わることが、過去の研究で報告されています。
つまり、目の前のクレーマーだけでなく、周囲の潜在顧客に対しても、共感ある対応は大きな意味を持つのです。
クレーム対応は、マイナスをゼロに戻す作業だと考えられがちですが、実はそこにプラスの価値を生むチャンスが眠っています。
共感を持って耳を傾けることが、短期的な問題解決を超え、長期的なブランド構築へとつながります。
参考文献:Dennis Herhausen, Lauren Grewal, et al. (2023). Complaint De-Escalation Strategies on Social Media.