商品を改良し、時代に合った形へと進化させることは、企業にとって当然の戦略です。
しかし、消費者は必ずしも「進化=魅力的」と受け取ってくれるとは限りません。
特に、ブランドの歴史やストーリーを強調している場合、思わぬ評価の低下が起こることがあります。
本記事では、こうした「老舗ブランドならではの落とし穴」を明らかにした最新の研究をもとに、その原因と対処法について解説します。
創業100年以上の歴史を持つ老舗ブランドの新商品への評価
シンガポール・マネージメント大学のハン・ミンジュ准教授らが、老舗の新商品に対し、消費者がどんな評価をするか調べた実験があります。
この実験では、実在のブランドである「Lodge」という調理器具メーカーを対象に、ブランドの伝統をどう伝えるかによって商品評価がどう変わるのかを調べました。
Lodgeは、創業100年以上の歴史を持つキャストアイアン(鋳鉄)商品の老舗ブランドです。
参加者はまず、Lodgeに関して、以下のどちらかのブランド紹介文を読みました。
- 長寿性を強調:「1896年創業」や「代々受け継がれてきた代表商品がある」などと記載。
- 価値観を強調:「家族経営であること」や「創業時から変わらない理念を守っている」などと記載。
次に参加者は、Lodgeが提供する以下の2種類の商品のどちらかの説明を読みました。
- ブラックロックコレクション:創業当初から変わらない製法で作られているオリジナル商品と紹介。
- シェフコレクション:従来よりも軽量かつ機能的に改良された商品として紹介。
ブランド紹介文と商品説明を読んだ後に、参加者はそれぞれの商品に対して「どのくらい好ましいと感じるか」「信頼できるか」「本物らしく思えるか」といった点を評価しました。
回答を分析した結果、「長寿性」を強調されたブランド紹介を読んだ参加者は、シェフコレクション(改良版の商品)をブラックロックコレクション(オリジナル商品)よりも低く評価していました。
一方、「価値観」を強調したブランド紹介を読んだ参加者では、2つの商品の評価に差はありませんでした。
なぜ歴史の長さを強調したブランドの改良品は低評価されるのか
なぜ「長寿性」を強調したブランドでは、改良された商品が好意的に受け入れられにくいのでしょうか?
それは、消費者がブランドに対して「時間をかけて積み上げてきた一貫性」を期待するようになるからです。
たとえば、「創業1896年」「120年の伝統」などの情報を目にすると、消費者はそのブランドがずっと同じやり方やスタイルを守ってきたと感じます。
そして、そのような一貫性こそが「本物らしさ」や「信頼感」につながると考えます。
ところが、改良された商品が登場すると、その一貫性が崩れたように感じられてしまいます。
たとえ品質が向上していたとしても、「これは昔と違う」「伝統が壊れた」という印象が先に立ち、商品への評価が下がるのです。
言い換えれば、消費者は「変わったことそのもの」に違和感を持ってしまうということです。
一方で、「価値観」や「理念」に焦点を当てたブランド紹介では、消費者は時間的な継続よりも「ブランドが何を大切にしているか」に注目します。
価値観や信念は、商品の形や性能が少し変わったとしても維持されていると感じやすいため、変化がマイナスに受け取られにくくなります。
たとえば、「私たちは創業当初から、使う人の暮らしを豊かにするという信念を守ってきました」といった説明があれば、「改良された商品」もその信念の延長線上にあると自然に受け止められるのです。
老舗がブランド価値を毀損させずに新商品を成功させる方法
では老舗がブランド価値を毀損させずに新商品を成功させるためにはどうすれば良いのでしょうか?
これには、今回の研究で行われた別の実験が参考になります。
こちらの実験では、参加者に対して「改良された商品」に関する2つの異なる説明文が提示されました。
1つ目の説明では、その新商品が「ブランドの創業当初の理念や価値観に基づいて開発された」と書かれており、変化がブランドの本質とつながっていることが強調されていました。
具体的には、「創業者のこだわりを受け継ぎながら、現代の技術で進化させた」といった表現が使われました。
これに対して2つ目の説明では、「最新技術を使って性能を向上させた」とだけ書かれており、ブランドとの歴史的なつながりについては触れられていませんでした。
その後、参加者はその商品について「どの程度魅力を感じるか」「どれほど好意的に思うか」などを評価しました。
これらの回答を分析した結果、ただ「性能を向上させた」とだけ説明されたときは、評価が低下する傾向にありました。
それに対して、変化がブランドの本質とつながっていることを強調されたときには、改良商品でも評価がほとんど下がらないことがわかりました。
伝統を受け継ぎながら進化していると示すことが大事
この実験結果が示すように、「改良された商品」が評価を下げないためには、その改良がブランドの原点や伝統とつながっていると、伝えることが重要です。
人は、長い歴史を持つブランドに対して「変わらないでいてほしい」という期待を無意識のうちに持っています。
特に老舗とされるブランドの場合、「昔からのやり方」「創業者のこだわり」「伝統の技法」などが価値の一部として認識されているため、それが失われたと感じると「裏切られた」という印象を受けやすくなります。
しかし、その改良が「ブランドの精神を守った上で行われたもの」であると伝えられれば、変化は肯定されやすくなります。
たとえば、「創業当初の理念に忠実に、新たな技術で商品をさらに進化させた」といった説明があると、消費者は「これは単なる変更ではなく、ブランドの歴史の延長だ」と感じることができます。
そうすると、たとえ商品の見た目や性能が変わっていたとしても、「本物らしさ」が失われたとは思わず、むしろブランドの姿勢に共感しやすくなるのです。
このように、変化の「方向性」や「語られ方」が、消費者の心理に大きく影響します。
何を変えたか以上に、「なぜそのように変えたのか」を説明するかが重要であり、それがブランドに対する評価を左右します。
伝統が途切れたと思わせるような伝え方では反発を招きますが、伝統を受け継ぎながら進化していると示すことができれば、変化はむしろ好意的に受け入れられるのです。
参考文献:Minju HAN, George E. NEWM, et al. (2021). The curse of the original: How and when heritage branding reduces consumer evaluations of enhanced products.