お店に入ったとき、商品がどのように置かれているかに思わず目を奪われた経験はありませんか。
スーパーの入り口に山のように積まれたみかん、コンビニのレジ横に並んだお菓子、イベントシーズンに設けられる特設コーナー。これらは単なる「置き場所」ではなく、購買行動を後押しするための工夫です。
実は、消費者が店舗で買い物をする際、事前に決めていたもの以外を購入する割合は非常に高いとされています。
そのため、商品そのものの魅力以上に「どう見せるか」が売上に大きな影響を与えるのです。つまり、商品をどこに置き、どんな形で並べるかは、売上を動かす大切な戦略の一部だといえます。
陳列がもたらす心理的効果
視覚的インパクトの重要性
人は視覚から得る情報に強く影響されます。
例えば、同じ商品でも高く積まれていると「人気商品なのだろう」と感じたり、鮮やかな色のパッケージが目に入りやすく購買意欲を刺激したりします。商品が目立つだけで、その価値を高く評価する傾向があるのです。
陳列は単なる在庫の整理方法ではなく、消費者の目を引き、注意を集めるための重要な要素です。見た瞬間に強い印象を与えることができれば、それだけ購入の可能性が高まります。
感情を動かす「楽しさ」と「ワクワク感」
買い物は生活に必要な行為であると同時に、楽しみの一つでもあります。
店頭で面白い陳列を見たとき、人は驚きやワクワクを感じます。これは単なる商品紹介を超えて「体験」として記憶に残ります。
こうした感情的な高まりは、購買意欲と密接に関係しています。単に情報を伝えるよりも、楽しさや驚きを伴う方が「ちょっと試してみよう」という気持ちにつながりやすいのです。
新しい発想:イマジネーティブ・ディスプレイとは
従来型ディスプレイとの違い
従来の陳列は、棚に整然と並べる、または数量を強調するために積み上げるといった方法が一般的です。
一方で、近年注目されているのが「イマジネーティブ・ディスプレイ」です。これは、同じ商品を組み合わせて、まるでオブジェや造形物のように見せる手法を指します。
例えば、トイレットペーパーを熊の形に組み立てたり、飲料缶をピラミッド状に積み上げたりするなど、商品そのものを素材にした「見せる陳列」です。
単調さを避け、買い物客の目に新鮮さと楽しさを提供します。
論文が示す実証的な効果
このユニークな陳列方法が本当に売上につながるのか、という疑問に答えたのがモナシュ大学のヒアン・タット・ケー教授らによる研究です。
この研究ではオーストラリアをはじめとする複数の店舗やラボ実験を通じて、イマジネーティブ・ディスプレイが消費者の購買行動に与える影響を調べています。
実験の一つでは、ティッシュボックスを円錐型に積み上げたディスプレイと、通常の棚陳列を比較しました。その結果、円錐型にした方が売上が有意に高まり、ROI(投資対効果)まで改善しました。
また別の研究では、チョコレートを円柱の形に積み上げたケースを調査しました。標準的な陳列よりも購入率が大幅に上昇し、ただ高さを変えただけでは得られない効果であることも確認されました。
研究全体を通じて明らかになったのは、イマジネーティブ・ディスプレイは単なる見せかけではなく、購買意欲を高める実証的な効果があるということです。
その理由として、買い物客の心が「覚醒」しワクワク感を生み出すこと、さらにディスプレイの形が商品特性と結びついて製品の利点を想起させることが挙げられました。
実務で活かすためのヒント
どんな商品に適しているか
研究の結果から、イマジネーティブ・ディスプレイは日用品や消耗品など、日常的に繰り返し購入される商品で特に効果を発揮することがわかっています。
例えば、ティッシュペーパーやトイレットペーパー、飲料やお菓子といった商品です。これらは購入を強く計画していなくても、店頭で目にすると「ついでに買っておこう」という気持ちにつながりやすいため、印象的な陳列は有効に働きます。
さらに、ブランド力がまだ十分に確立されていない商品でも、この手法を用いることで強い存在感を発揮できます。有名ブランドの商品と並んでいても、形状や演出の工夫によって視線を集め、購買意欲を喚起することが可能です。
つまり、商品自体の知名度が低くても、売場の工夫次第で大きな効果を得られるという点が特徴です。
ディスプレイ設計の注意点
イマジネーティブ・ディスプレイを実際に取り入れる場合、いくつかの重要なポイントがあります。
- 新奇性と美的魅力の両方を満たすこと
陳列をただ奇抜にするだけでは、消費者は「目立つけれど雑然としている」と感じてしまうかもしれません。新鮮さに加えて、全体がきれいにまとまっていることが大切です。例えば、積み上げ方に規則性を持たせたり、色のグラデーションを活用したりすると、美的価値が加わります。 - 商品の特性とディスプレイテーマの一貫性を意識すること
研究でも示されているように、形と商品特性の結びつきが強いほど効果は高まります。エネルギードリンクを戦車型に積み上げれば「力強さ」「パワー」を連想させますが、同じ戦車型をリラックス用のお茶で作ってしまうと、むしろ違和感が強調され逆効果になる可能性があります。製品の特長を直感的に伝える形やテーマを選ぶことが重要です。 - 陳列を「視覚的な体験」として捉えること
単に商品を置くだけでなく、見た人に「おもしろい」「写真を撮りたい」と感じさせる体験に近づけることが大切です。実際にSNSでシェアされやすいようなディスプレイは、店頭だけでなくオンライン上でも話題になり、追加の販促効果を生む可能性があります。
このように、イマジネーティブ・ディスプレイは「どの商品に効果的か」と「どのように設計するか」を意識することで、実務に直結する販促手法として活用できます。
これからの売場はテクノロジーとともに進化する
ここまでご紹介したのは、商品を積み上げたり並べ替えたりする物理的な陳列方法でした。ですが近年は、デジタル技術を活用した売場づくりも進んでいます。
例えば、AR(拡張現実)を使ってスマートフォンをかざすと、棚の上にキャラクターやアニメーションが浮かび上がる仕掛けがあります。こうした演出は、イマジネーティブ・ディスプレイと同じように「驚き」や「楽しさ」を提供し、購買体験を豊かにします。
さらに、AIカメラで来店者の動線を分析し、どの陳列が立ち止まりやすいかをリアルタイムで測定する取り組みも始まっています。これによって、従来は経験や勘に頼っていた陳列の効果を、データに基づいて改善することが可能になります。
つまり、これからの売場では、物理的な創意工夫とデジタルの仕組みが組み合わさり、よりインタラクティブで個性的な体験が生まれるのです。消費者が楽しみながら買い物をし、店舗も効率的に売上を伸ばす。その両立を支えるのは、発想力とテクノロジーの融合となっていくのです。
参考文献:Keh, H. T., Wang, D., & Yan, L. (2021). Gimmicky or Effective? The Effects of Imaginative Displays on Customers’ Purchase Behavior. Journal of Marketing, 85(5), 109-127.