ラテラル・マーケティングに必要な「ラテラル・シンキング」とは何か?

『コトラーのマーケティング思考法』という本の前付けに「エドワード・デボノをはじめとする創造性研究の大家に捧げる」という一文があります。

これは著者のフィリップ・コトラーが謝辞として書いたものです。

ここに書かれたエドワード・デボノとは誰か?ということですが、「ラテラル・シンキング(lateral thinking)」を発明したことで知られる医師であり心理学者です。

ラテラル・シンキングとは、既存の常識や枠組みにとらわれず、問題を別の視点から発想して解決する思考法のことです。

日本語では「水平思考」とも呼ばれ、論理的に順序立てて考える「垂直思考」とは対照的に、柔軟で創造的な発想を重視します。

ラテラル・シンキングを発明したエドワード・デボノに対し、なぜフィリップ・コトラーが謝辞を述べたのでしょうか?

それはこの本の原題を見れば分かります。

『Lateral Marketing: New Techniques for Finding Breakthrough Ideas』

翻訳するなら「ラテラル・マーケティング:画期的なアイデアを見つけるための新手法」といったところです。

つまりコトラーは、デボノの発明した「ラテラル・シンキング」を応用した、「ラテラル・マーケティング」を提唱しているのです。

だから感謝しているということです。

ということで今回は「ラテラル・マーケティング」と、それに必要な「ラテラル・シンキング」について解説したいと思います。

ラテラル・マーケティングとは

ラテラル・マーケティング(lateral marketing)とは、既存の市場や製品の枠組みを超えて、新しい発想で商品やサービスを生み出すマーケティング手法のことです。

従来の「垂直的マーケティング」が既存市場内での改良や差別化に焦点を当てるのに対し、ラテラル・マーケティングは「横の発想」で全く新しいカテゴリーや需要を創出することを目指します。

たとえば、既存の商品コンセプトを別の用途やターゲットに転用したり、まったく異なる分野のアイデアを組み合わせたりすることで、新しい価値を提供します。アイスクリームを「デザート」ではなく「軽食」として売り出したり、携帯電話にカメラ機能を組み込んだりした例などが代表的です。

コトラーは「成熟した市場では、既存製品の改良(垂直的アプローチ)だけでは成長が限界に達する」と指摘し、創造的な思考による新市場開拓の重要性を強調しています。

つまり、ラテラル・マーケティングとは論理的な分析に加えて発想の転換を重視し、今まで誰も気づかなかった価値を見出すためのアプローチなのです。

ラテラル・マーケティングの手法とステップ

ラテラル・マーケティングは、単なる「ひらめき」ではなく、体系的に新しい発想を導くためのプロセスです。

コトラーらが提唱するプロセスを参考に、実務に応用できる形で整理すると次のようになります。

ステップ1:既存カテゴリーを明確に定義する

まず、どの市場・製品を起点に考えるのかを決めます。

たとえば「清涼飲料」や「スマートフォン」など、既存のカテゴリーを出発点とすることが重要です。焦点が曖昧なままでは、的外れな発想に終わってしまうからです。

ステップ2:構成要素を分解する

次に、そのカテゴリーを構成する要素を洗い出します。

「ターゲット層」「用途」「価格帯」「販売チャネル」「デザイン」「時間・場所」など、可能な限り細かく分解します。

この段階での目的は、「当たり前」をリストアップすることです。

ステップ3:ズラす・組み合わせる・消す・加える

ここからがラテラル・マーケティングの核心です。

要素を1つずつ見ながら、次のような思考操作を試みます。

  • ズラす(Shift):ターゲットや用途を意図的に変更する
  • 組み合わせる(Combine):異なるカテゴリーを融合する
  • 消す(Eliminate):あえて機能や工程を削除する
  • 加える(Add):新しい文脈や価値を追加する

この段階では、現実性よりも発想の幅を重視します。突飛に見えるアイデアこそが、後に大きな市場を生むことがあります。

ステップ4:新しいアイデアを再構築し、検証する

最後に、発想したアイデアを現実の市場で成立する形に再構成します。

仮説をもとにプロトタイプや小規模テストを行い、実現可能性・収益性・共感性の3点から検証するのが望ましいです。

このように、ラテラル・マーケティングは「論理」と「創造」のバランスを保ちながら、既存の常識を越える新しい市場を発掘する手法なのです。

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成功したラテラル・マーケティングの事例

理論だけではイメージしにくいため、いくつかの実例を見てみましょう。

例1:ウォークマン ― 音楽を「持ち運ぶ」体験

ソニーのウォークマンは、「音楽は家で聴くもの」という常識を覆しました。

録音機能を削除し、再生に特化するという「削除の発想」で、持ち運び型の音楽プレイヤーという新しい市場を開拓しました。

これはまさに「要素の再構築」によるラテラル・シンキングの実践です。

例2:レッドブル ― 「エナジードリンク」という新市場

レッドブルは、もともとアジアで販売されていた栄養ドリンクを欧州市場向けに再構成しました。

「疲労回復飲料」ではなく「アクティブな若者向けのエナジーブースト」と位置づけ、クラブカルチャーやスポーツイベントと結びつけることで、まったく新しいカテゴリーを創出しました。

従来の機能性ではなく、体験価値の訴求に横展開した好例です。

例3:スターバックス ― コーヒーを「体験」に変える

スターバックスは、単なるカフェではなく「第三の場所(家庭でも職場でもない快適空間)」という文脈を創り出しました。

商品よりも空間・体験を中心に据えたマーケティングは、消費者との新しい関係性を築くことに成功しています。

例4:デジタル時代のラテラル応用

近年では、サブスクリプションサービスやフリーミアムモデルなどもラテラルな発想の延長線上にあります。

たとえばNetflixは「映像配信」という既存枠を越え、「時間に縛られないエンタメ体験」を提供することで、消費行動そのものを再定義しました。

これらの例に共通しているのは、「既存の前提をずらした」ということです。

発想を変えることで、新しい顧客価値を創り出すことができるのです。

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ラテラル・シンキングとは

ここまでラテラル・マーケティングのステップについて説明してきましたが、「ズラす」とか「組み替える」と言われても中々、発想できないこともあります。

個々の思考プロセスやセンスがありますから当然です。

そこで、ラテラル・マーケティングをより効果的に行うために、その元の思考となる「ラテラル・シンキング」について知っておきましょう。

冒頭でも説明した通り、ラテラル・シンキングとは「問題を異なる角度から考えることで、従来の枠にとらわれない新しい解決策を導く思考法」です。

日本語では「水平思考」と訳されますが、この水平とは「広がり」や「方向転換」を意味しています。つまり、既存の思考の深さを求めるのではなく、発想の「幅」を広げる考え方なのです。

ラテラル・シンキングの特徴と基本原理

ラテラル・シンキングの最大の特徴は、「思考の流れを意図的にずらす」ことです。

私たちは普段、過去の経験や常識をもとに考える傾向があります。そのため、同じような結論に行き着くことが多くなります。

ラテラル・シンキングでは、この自動的な思考パターンをいったん止め、まったく異なる方向から問題を捉え直します。

たとえば、ある企業が売上低下に悩んでいるとき、通常の思考では「なぜ売上が下がったのか」という原因分析から入るでしょう。

一方でラテラル・シンキングは、「そもそも“売上”とは何を意味しているのか」「顧客ではなく“非顧客”に注目したらどうなるか」といった、前提そのものを問い直すのです。

この思考法の基本原理には次のような要素があります。

  • 前提を疑う:常識や固定観念を一度脇に置く
  • 視点を変える:異なる立場・時間・目的から考える
  • 偶然を取り入れる:意図しない刺激を利用して新しい結びつきを得る
  • 再構築する:一度壊した考えを、別の形に組み直す

これらを意識的に行うことで、思考の幅が大きく広がり、従来の延長線上では見つからなかった発想にたどり着くことができます。

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垂直思考との比較

ラテラル・シンキングを理解するうえで欠かせないのが、「垂直思考(Vertical Thinking)」との対比です。

垂直思考は、既知の情報をもとに論理的に筋道を立て、最も合理的な結論を導く方法です。問題解決においては非常に有効であり、ビジネスや研究の場では基礎となる思考法です。
一方で、その枠の中だけで考えてしまうと、新しいアイデアや突破口を見いだしにくくなります。

両者の違いを整理すると、次のようになります。

観点垂直思考水平思考
思考の方向深く掘り下げる広く広げる
アプローチ筋道を追う・原因を分析する視点を変える・枠をずらす
目的正しい答えを導く新しい可能性を見つける
特徴論理的・整合的直感的・創造的

重要なのは、どちらか一方を使うのではなく、両者を適切に使い分けることです。

たとえば、ラテラル・シンキングで生まれたアイデアを、垂直思考で実現可能性や具体性に落とし込むという流れは、実務でも非常に効果的です。

このように2つの思考法は対立するものではなく、相互補完的な関係にあります。

具体的な手法・トレーニング方法

ラテラル・シンキングは、生まれつきの才能ではなく、意識的な訓練によって身につけられる思考スキルです。

ここでは、エドワード・デボノが提唱した代表的な手法を中心に、日常的なトレーニングのコツも含めて紹介します。

【1】Po法

「Po」とは「Provocation(挑発)」の略で、「あえて非常識な前提を置く」ことで思考の枠を壊す方法です。

通常の発想では「そんなことはありえない」と排除してしまうアイデアを、あえて仮の前提として受け入れ、そこから新しい視点を引き出します。

  • 「車にはタイヤがいらないとしたら?」
  • 「レストランにメニューがなかったら?」
  • 「銀行にお金を預けない方が得だったら?」

このような挑発的な仮定を出発点にすることで、発想の方向が一気に広がります。

実際、カーシェアやサブスクリプションなどのビジネスモデルも、「所有しない」という逆転の発想から生まれた例です。

重要なのは、ここで出したアイデアをすぐに評価しないことです。一見ばかげているように見えても、その中に新しい価値のヒントが潜んでいるかもしれません。

【2】ランダム・エントリー法

ランダム・エントリー法は、無関係な刺激を取り入れて思考を揺さぶる発想技法です。

私たちは通常、関連する情報だけを組み合わせようとしますが、それでは思考が固定化してしまいます。

そこで、まったく関係のない言葉・画像・物体などをランダムに選び、それを出発点に発想を広げます。

例として、「リンゴ」という単語を取り上げ、「自社のマーケティングをリンゴにたとえたら?」と考えると、以下のような発想が生まれます。

  • リンゴのように皮をむくと中身が見える透明性
  • 品種による個性を打ち出すブランド戦略
  • 腐る前に収穫するタイミングを売上の波に置き換える

この手法は、アイデア出しの停滞を打破するのに非常に効果的です。

一見関係のない要素が、思考を外側から揺らす役割を果たすからです。

【3】6つの帽子思考法(Six Thinking Hats)

6つの帽子思考法は、デボノの代表的なフレームワークで、議論や意思決定を多面的に整理するための手法です。

この手法では、6種類の帽子を「思考のモード」として使い分けます。

それぞれの帽子には色がついていて、たとえば「今は白い帽子の視点で考えましょう」というように、特定の思考スタイルを明確に切り替えるのです。

こうすることで、感情的な意見と客観的な分析を混ぜずに整理でき、チーム全体で同じ方向を向きながら考えを深めることができます。

それぞれの色の役割は以下の通りです。

役割・思考の方向説明
事実・情報データや事実を冷静に確認する視点
感情・直感好き・嫌い・違和感など、感情を重視
否定・危険性リスクや弱点を指摘する批判的思考
希望・肯定利点やチャンスに目を向ける建設的思考
創造・発想新しいアイデアや代替案を考える
管理・統括全体を整理し、議論をまとめる

帽子を「かぶる」と、その思考モードに集中するというイメージです。

この方法の特徴は、「全員が同じ帽子をかぶるタイミングを合わせる」ことです。

つまり、ある時間は全員で赤の帽子(感情)をかぶり、次は黒の帽子(リスク)に切り替えたりします。

これにより、個人間の衝突を防ぎながら、多角的に物事を検討できるのです。

会議やブレインストーミングなど、チームでの創造的思考に非常に有効な手法です。

ラテラル・シンキングを日常に活かすために

ラテラル・シンキングは、特別な才能が必要な思考法ではありません。

「視点を変える」「前提を疑う」「偶然を取り入れる」――この3つを意識するだけでも、日常の中で新しい発想を見つけやすくなります。

まずは、身近なところから始めてみましょう。

  • いつもと違う方法で通勤してみる
  • 会議であえて「逆の意見」を出してみる
  • ありえない仮定を立ててみる

こうした小さな実践を積み重ねることで、思考の柔軟性が少しずつ育っていきます。

そして何より大切なのは、「正解を出す」よりも「新しい視点を持つ」ことを楽しむ姿勢です。

こうした姿勢を日常的に持つことで、ラテラル・シンキングの発想がしやすくなり、それをラテラル・マーケティングに活用することができます。