アパレル業界で売上を左右する要素は数多くありますが、その中でも意外と見過ごされがちなのが「マネキンの使い方」です。
服を引き立てるための、単なる道具と思われがちなマネキンですが、実はそのデザインや演出によって、消費者の購買意欲が変わることが研究で示されています。
本記事では、「マネキンに顔(頭部)があるかどうか」というシンプルな違いが、どのように消費者の目線や心理、最終的な購買行動に影響を与えるのかを解説します。
マネキンの頭部の有無と購買意欲の関係を調べる実験
マネキンの頭部の有無が、消費者の購買意欲に影響を与えるのか調べた、ストックルホルム大学のアニカ・リンドストローム博士らの実験があります。
この実験では252人の女性を2つのグループに分け、一方には「頭部有りのマネキン」を、もう一方には「頭部無しのマネキン」を見せました。どちらも着ている洋服は同じものです。
そして、それを見たあとで、「この洋服を買いたいと思いますか?」という質問に答えてもらい、その答えから購買意欲を測定しました。
その結果、「頭部有りのマネキン」を見た人たちのほうが、購買意欲が高くなることが分かりました。
なぜ頭部のあるマネキンの方が購買意欲が高まるのか?
なぜ頭部のあるマネキンの方が購買意欲を高めるのでしょうか?
その理由は「視線の集中」と「自己イメージの想像しやすさ」にあります。
【理由1】顔があると視線を引きつけやすい
私たち人間は、無意識のうちに他者の「顔」に強く反応する性質を持っています。
顔には目や鼻、口といったパーツがあり、そこから多くの非言語的な情報を受け取ることができるからです。
こうした性質は本能的なもので、赤ちゃんでさえも生まれてすぐに人の顔に反応することが知られています。
研究でも、マネキンに顔がある場合、その顔を最初に見てから、着ている服やアクセサリーへと視線を移すことが分かっています。
つまり、顔が「入口」となって商品全体に注意を向ける流れが生まれるのです。
逆に顔がないマネキンではこの効果が弱まり、注目が低下してしまうということです。
【理由2】「自分が着ている姿」を想像しやすい
顔のあるマネキンは「人間らしさ」が増すため、消費者が自分と重ねてイメージしやすくなります。
このように、自分がその服を実際に着ている姿を思い浮かべる心の働きのことを、心理学では「メンタルシミュレーション」と呼びます。
これは、視覚的・感覚的な情報をもとに、頭の中で仮想的な体験を再現するプロセスです。
このメンタルシミュレーションがうまく働くと、服のサイズ感や雰囲気を自分に当てはめて想像できるため、「自分にも似合いそう」「これを着て出かけたい」といった感情が湧きやすくなるのです。
頭部のないマネキンのほうが購買意欲が高まる人達
頭部のあるマネキンが常に購買意欲を高めるわけではないことも分かっています。
研究者たちはもう一つの実験を行っています。
こちらの実験では、事前にファッションに関する知識を問うテストを行っています。
それによって、ファッション上級者と初心者に分類しました。
そして、先ほどの実験と同じく、頭部有りと無しのマネキンを見て、その服を欲しいと思うかどうかを聞きました。
その結果、ファッション初心者では、さきほど同様に、頭部有りのマネキンのほうが、購買意欲が高まりました。
しかし、ファッション上級者の場合は、頭部無しのマネキンのほうが、購買意欲が高くなったのです。
なぜファッション上級者には頭部無しのマネキンの方が効果的なのか?
なぜファッション上級者には頭部無しのマネキンの方が効果的なのでしょうか?
ファッション上級者はすでに多くの知識や経験を持っており、「服のシルエット」「素材感」「スタイリングの構成」などを見ただけで、それが自分に似合うかどうかをある程度判断できるからです。
そうした人にとっては、マネキンの顔や髪型といった「人間らしさ」は、むしろ邪魔となり、商品への集中が妨げられるのです。
実際に、この実験では特殊なデバイスを装着し、アイトラッキング(視線の動き)も計測していますが、頭部有りのマネキンの場合、顔を見てしまい、洋服を見る時間が減ってしまうことが分かっています。
一方、頭部のないマネキンは余計な情報が少ないため、上級者にとっては自分自身のイメージをより自由に重ね合わせやすくなります。
顔があると、その人の雰囲気やキャラクターがある程度固定されてしまいますが、顔がないことで、より「自分らしく着たとき」の姿を思い浮かべやすくなるのです。
オンラインショップでは頭部の有無は関係なし
今回の実験では、オンラインショップにおいてはマネキンの頭部の有無が、購買意欲にほとんど影響を及ぼさないことも明らかになりました。
これは、オンライン環境では商品を選ぶ際に、拡大画像や詳細な情報、レビューなどの要素が豊富に提供されており、消費者が自分で情報を整理しながら判断できるからだと考えられます。
したがって、実店舗とオンラインショップでは、それぞれに合った見せ方を設計する必要があります。
今後、アパレル企業が取り組むべき重要な課題のひとつは、「どんなマネキンが、どんな顧客にとって魅力的に映るのか」をより具体的に理解することです。
今回の実験では「頭の有無」に注目しましたが、それ以外にもマネキンの肌の色、体型、ポーズ、スタイリングの方向性など、さまざまな要素が消費者の印象形成に影響を与える可能性があります。
最近では、実際の顧客に近い等身大のマネキンや、多様な体型を表現したマネキンを導入するブランドも増えています。
こうした取り組みは、商品の見え方をよりリアルにし、より多くの顧客が「自分ごと」として服をイメージできるようになる助けになります。
売場づくりにおいては、つい大きな企画やキャンペーンに目が向きがちですが、マネキンのような基本的な要素の工夫こそが、日々の購買行動に直結することがあります。
視線の動き、商品との距離感、着用イメージのしやすさといった心理的なポイントを丁寧に捉えることで、より魅力的な売場をつくることができるはずです。
参考文献:Annika Lindstrom, Hanna Berg, et al. (2016). Does the presence of a mannequin head change shopping behavior ?