自称マーケターは腐るほどいますが、本物はほとんどいません。
なので自社に優秀なマーケターがいるのなら、離職されないように大切にしましょう。
そうでなければ、自社の「ブランド力」そのものが低下します。
そして、一度毀損したブランド価値を戻すにはかなりの労力を要することになります。
マーケティング担当者の離職とブランド価値の関係を分析
477社にわたる大規模データを用いて、マーケティング担当者の離職がブランドの価値や評判にどのような影響を及ぼすか検証した、ノースイースタン大学などのチームによる研究があります。
この研究ではまず、Revelio Labs社が提供する人材データベース(※1)から、「マーケティング関連職種」と分類される従業員を抽出し、「上級幹部(例:最高マーケティング責任者など)」「中間管理職」「若手」の3つのレベルに分けて、企業ごと・四半期ごとの離職件数をカウントしました。
そして、このデータをYouGov社の消費者調査パネルと統合しました。
このデータは、事前に登録された500万人の中から毎日ランダム抽出された約5,000人に対して、ブランドに対する認知や印象、最近耳にした情報(ポジティブ・ネガティブ)などを尋ねることで得られるものです。
ここから、「ブランドバズ」と「ブランドエクイティ」が指標として算出されます。
ブランドバズとは、あるブランドが世間でどれほど話題になっているか、つまり人々がそのブランドについて、ポジティブあるいはネガティブなことをどれだけ耳にしているかを示す、短期的な注目度の指標です。
一方、ブランドエクイティは、消費者がブランドに対して抱く印象、品質への信頼、価格に対する価値、推薦意向、企業としての評判、満足度など、長期的なブランドイメージを総合的に反映するものです。
(※1 LinkedInなどの公開プロフィール、履歴書サイト、その他の公的な雇用記録などから、約4億人の職歴データを収集したデータベース)
幹部でも若手でもマーケターの離職は痛手
データを分析したところ、CMO(最高マーケティング責任者)などの上級幹部が1人辞職するだけで、ブランドバズはおよそ6.1%も低下することが確認されました。
これは、その企業のブランドが一時的に話題にならなくなる、あるいはネガティブな情報が目立つようになる可能性があることを意味しています。
また、ブランドエクイティも約2.4%低下することが明らかになりました。
これらの数値は、企業ごとの社内標準偏差を基準にした場合でも有意なインパクトであり、ブランドに対する信頼や評価が、経営層の離職によって実質的に損なわれていることを示しています。
特に重要なのは、このような影響が上級幹部に限らず、より現場に近い中堅や若手マーケターにも見られるという点です。
中堅クラスのマーケティング人材が辞職した場合、ブランドバズは平均で約1.6%低下し、ブランドエクイティも約0.6%低下するという結果が示されています。
これは、日々の施策立案や実行を担う中核層の離脱が、ブランドパフォーマンスに直接影響を与えていることを示唆しています。
さらに、若手マーケターについても注目すべき傾向が見られました。彼らが辞職した場合、ブランドエクイティには統計的に有意な影響は確認されなかったものの、ブランドバズ(短期的な話題性)には明確なマイナスの影響が認められました。
つまり、比較的若手であっても、SNS対応やコンテンツ発信などブランドの「今」に直結する業務を担っていた可能性が高く、その喪失が短期的な話題の減少につながっていると考えられます。
このように、役職の高低にかかわらず、マーケティング担当者が辞めるということは、企業のブランドに対して目に見える形でマイナスの影響を与えるのです。
辞めた直後だけでなく、1年後にも悪影響が残る
マーケティング担当者の離職による影響は、単にその四半期や直後の一時的なものにとどまらず、時間が経過した後もブランドに持続的なダメージを与えることが明らかになっています。
本研究では、各企業における過去4つの四半期(=1年間)のマーケティング人材の累積離職数を集計し、それがブランドバズやブランドエクイティにどのような影響を与えているかを分析しました。
その結果、直近の離職だけでなく、1年前までの離職もブランドパフォーマンスに有意なマイナス効果を及ぼしていることが確認されました。
つまり、影響は時間とともに徐々に減衰する傾向はあるものの、一定のダメージは持続するということです。
なぜマーケティング担当者の離職がブランド価値を低下させるのか
マーケティング担当者の辞職がブランド価値を毀損させるのはなぜでしょうか?
それには、次のような複数のメカニズムが関係しています。
1.ブランドに一貫性がなくなる
マーケティング活動は、ブランドのメッセージや体験を一貫して発信・管理することが重要です。
しかし、担当者が辞めると、過去の戦略的意図やブランドストーリーの文脈が引き継がれにくくなります。
その結果、広告表現やSNS投稿のトーンがぶれ、ブランドの「らしさ」が薄れ、消費者の印象に曖昧さや混乱をもたらすことになります。
2.社内外の関係性が失われる
マーケティング担当者は、広告代理店、インフルエンサー、PR会社、メディア、社内の他部署など、多くの関係者と日々やりとりをしています。
離職によりそうした関係性や信頼が断ち切られると、メディア露出やSNSでの話題性(=ブランドバズ)が減少し、顧客との接点の質が下がります。
それによってブランドの外部認知が鈍化しやすくなります。
3.ノウハウや暗黙知の喪失
マーケティングには、表に出ない細かな判断や感覚が存在します。
たとえば「どんな表現が炎上リスクがあるか」「過去にうまくいったプロモーションの裏側にあったもの」などの経験に基づく知識です。
これらはマニュアル化されておらず、担当者が辞めると同時に消失してしまうことが多いです。
それにより、ブランドのイメージを守るための判断や調整が行われにくくなり、パフォーマンスが低下します。
4.戦略の停滞と混乱
特にCMO(最高マーケティング責任者)などの上級幹部が辞めた場合、マーケティング戦略の意思決定そのものが宙に浮くことがあります。
新しい人材が着任するまでの間は、次の戦略が示されず、効果的なキャンペーンが打てないなどの停滞が発生します。
こうした「待ち」の姿勢はマーケティングチームの実行力の低下にもつながります。
5. 連鎖的な離職が発生する
上司や優秀な同僚の離職は、チーム内の士気や信頼関係を損ない、他のメンバーの離職にもつながることがあります。
こうした「離職の連鎖」により、マーケティング機能全体が不安定になり、ブランド活動の継続性が保てなくなるという悪循環が起きます。
特にデジタルマーケティング領域の担当者の離職が高リスク
今回の研究では、特にデジタル領域のマーケティング担当者が離職した場合、その影響は非常に早くかつ顕著にブランド価値に悪い影響を及ぼすという結果が出ています。
中でもSNSや検索エンジン最適化(SEO)、リスティング広告の運用といった領域では、日々の変化に素早く対応し続けることが求められます。
そのため担当者の不在がすぐに弱点として可視化されてしまいます。
たとえばSNS運用の担当者が辞めた場合、投稿のタイミングや頻度が乱れたり、ブランドのトーンやキャラクターにブレが生じたりします。
また、ユーザーからのコメントや問い合わせに対する返信が遅れることで、エンゲージメントが下がり、フォロワーとの関係性が薄れていくおそれもあります。
こうした変化に消費者は敏感ですから「最近あのブランドは質が落ちた」といった悪印象につながってしまいます。
SEOや検索連動型広告も同様です。検索エンジンのアルゴリズムは頻繁に更新されており、それに適応するためには継続的な調整と改善が必要です。
担当者が抜けてしまうと、順位の急落や広告パフォーマンスの悪化を招きやすくなります。
特に予算運用やキーワード設定などにおいては、細かな調整の積み重ねが成果を左右するため、知識や経験のある人材の喪失は短期間で数字に反映されます。
また、デジタル領域では、リアルタイムの反応やトレンドキャッチが重要です。
たとえば話題のニュースや社会的な動きに合わせた投稿、タイムリーなプロモーション展開などは、担当者の機動力と判断力に大きく依存しています。
そうした能力が失われると、ブランドが時代から取り残された印象を持たれやすくなり、ブランドバズの急速な低下につながるのです。
このように、デジタルマーケティングの現場は「止められない」「代替が難しい」といった性質を持っており、担当者の離職によって瞬間的にその活動が停滞すると、ブランドの可視性や話題性に直接的かつ即効的な悪影響が生じてしまいます。
したがって、企業にとってデジタル職の人材確保と定着は、ブランド維持の観点から見ても極めて重要な戦略課題といえるでしょう。
参考文献:Ruizhi Zhu, Samsun Knight, et al. (2025). Marketing Employee Turnover and Brand Performance: Evidence from 477 Firms.