モノよりコト。バイヤーズリモースを回避するには物販も体験化せよ

経営者やマーケターにとって、「商品を買ってもらう」ことは当然ながら大きな目標です。

しかし、その「購入」という行動のあとに、消費者がどのような感情を抱くかまで考えることは、意外と少ないのではないでしょうか。

購入直後は満足していた消費者も、時間が経ってから「なんで買っちゃったんだろう」「やっぱりいらなかったかもしれない」と感じてしまうことがあります。

このような感情は「バイヤーズリモース(buyer’s remorse)」と呼ばれ、日本語では「購入後の後悔」や「買ったことへの後悔」と訳されます。

バイヤーズリモースが生じると、そのブランドや商品に対する評価が下がるだけでなく、再購入や他者への推奨行動にも悪影響を与えます。

一方で、「買っとけばよかった」「あのとき申し込んでおけばよかった」といった、逆のタイプの後悔もあります。

これは「不作為の後悔」と呼ばれ、「逃した機会」に対する悔いの感情です。

このような後悔は、未練や印象の強さとして記憶に残ることが多く、次回以降の購買意欲に強く影響することがあります。

たとえば、限定イベントや旅行商品の販促で「今だけ」「もう二度と体験できないかもしれません」といったコピーがよく使われるのは、この心理を巧みに活用しているからです。

こうした「後悔」の種類が、購入したものの性質によってどのように異なるのかを知ることで、効果的なマーケティング施策を設計することができます。

購入の「買わなきゃよかった」&体験の「やっときゃ良かった」

消費者の「後悔」がどのように生まれるのかを明らかにした、コーネル大学のチームによる研究があります。

この研究では、参加者に「物的購入」もしくは「体験的購入」のどちらかに関する後悔に焦点を当て、それぞれ具体的な事例を3つずつ挙げてもらいました。

そのうえで、それぞれの後悔が「買ったことや行動したことを悔やむ後悔(行動したことの後悔)」なのか、「買わなかったことや行動しなかったことを悔やむ後悔(不作為の後悔)」なのかを、自身で分類してもらいました。

その結果、物的購入に関しては、「行動したことの後悔」が多いことが分かりました。

たとえば「高価な服を買ったがほとんど着なかった」とか「最新モデルのスマートフォンを買ったがすぐに型落ちになった」などが挙げられました。

一方、体験的購入に関しては、「不作為の後悔」が多いことが分かりました。

「大学時代に友人と旅行に行くチャンスを逃した」や「一度きりのライブを見送ってしまった」といった事例が多かったのです。

代替可能性が低いほど「不作為の後悔」が生じやすい

次に、さきほど挙げられた後悔を、別の第三者に見せました。

そして、それぞれがどれほど「代替可能」かどうかを評価してもらいました。

つまり、その商品や体験が「他の似たものでも代わりになる」と感じられるかどうかを判断してもらったのです。

評価の結果、物的な購入は「代わりになる商品が多い」とみなされやすく、体験的購入は「代えがきかない唯一の機会」とみなされやすいことが分かりました。

たとえば、ゲーム機や衣類などは「他にも似たような選択肢がある」と評価され、対照的に「海外でのダイビング体験」や「家族との特別な旅行」などは「同じような経験は二度とできない」と評価されました。

さらに統計的な分析により、代替可能性が高いほど「行動したことの後悔」が生じやすく、代替可能性が低いほど「不作為の後悔」が生じやすいということが分かりました。

この結果は、物的購入と体験的購入の後悔の違いが、単なる商品のジャンルや魅力度によるものではなく、心理的に「その対象がどれほど代えがきくものとして見なされているか」によって決まることを明らかにしています。

小売店が「モノ」を「体験」として訴求する方法

ここまでの実験から、旅行のような体験的購入は、「やっときゃ良かった」と思われやすいことが分かりました。

対して、家電製品などの購入は「買わなきゃ良かった」と思われやすいことが分かりました。つまり購入後の満足度が下がり、ブランド価値の毀損や、店舗への再訪可能性が低下するリスクが高いということです。

では、小売店やEC通販などの、「体験」ではなく「モノ」を売るビジネスでは、どのように消費者に訴求すれば良いのでしょうか?

それは、「モノ」を「体験」としてアピールすることです。

「モノ」として見せるか「体験」として見せるか

今回の実験では、あるひとつの商品を「モノ」として見るか「体験」として見るかによって後悔の構造が変わるかも検証しています。

使用されたのは3Dテレビで、ある参加者には「部屋に置いてインテリアとして楽しむ物」として提示し、別の参加者には「友人と一緒に映画を見る楽しい時間を過ごす体験」として紹介しました。

その後、買った人と買わなかった人のどちらがより後悔していそうかを予想してもらいました。

「体験」として提示されると「買わなかった後悔」が強くなる

その結果、「体験」として提示された場合、買わなかったことへの後悔が強くなると想像する傾向が見られました。

これは、商品自体が同じでも、その見せ方を工夫することで、消費者の後悔の感じ方を変えることができるという実践的な示唆を与えています。

つまり、「商品を使うことで得られる体験」を前面に出すことが大事ということです。

ただのソファではなく、「週末の家族団らんをつくるソファ」として売ることです。イヤホンも「高音質」ではなく、「お気に入りの音楽と向き合うひととき」として表現するのです。

また、「今しか手に入らない」「この瞬間だけの特別体験」というメッセージは、購買の判断を後押しし、「やらなかった後悔」を意識させる効果もあります。

消費者の人生にどんな価値を残せるかが大事

ここまで説明してきたとおり、消費者がどんな「後悔」をするかは、買ったものの性質やその伝え方によって大きく変わります。

物販を行う企業にとっては、ただ商品の機能や価格を伝えるだけでなく、「その商品がもたらす体験」に焦点を当てることが、より良い購買体験につながる鍵となります。

さらに押さえておくべきポイントは、人間が「体験的な購入のほうが自分自身の一部のように感じられる」という心理的特徴を持っていることです。

つまり、体験は「自分らしさ」や「思い出」と強く結びつくため、より意味のある買い物として記憶に残りやすいのです。

これもまた、体験型の訴求が長期的な顧客価値につながる理由のひとつです。

今後は、物的な商品をただ「モノ」としてではなく、「その人の人生にどんな価値や記憶を残せるか」という視点から設計し、伝えていくことがますます重要になるでしょう。

商品が「ただの持ち物」ではなく、「その人らしい体験の一部」として語られるようになったとき、リピートや共感、ファン化への道が開けるのです。

参考文献:Emily Rosenzweig and Thomas Gilovich. (2012). Buyer’s Remorse or Missed Opportunity? Differential Regrets for Material and Experiential Purchases.