マーケティング担当者であれば誰でも知っているNPS(ネットプロモータースコア)という指標。
「あなたはこの商品(またはサービス)を友人や同僚に薦めますか?」というシンプルな質問で、顧客ロイヤルティを測るこの指標は、2003年の導入以来、世界中の企業に広く採用されてきました。
しかし、マーケティングの現場でこれだけ使われているにもかかわらず、NPSの有効性について「意味がない」という厳しい批判もあります。
実際のところNPSは売上に関係するのでしょうか?
この疑問の答えを教えてくれるのが、ウルム応用科学大学のスヴェン・ベーレ教授らの研究です。NPSが実際に売上拡大を予測できるのかを、実証的に分析したものです。
NPSは将来の売上拡大を予測できるのか?
この研究では、アメリカにあるスポーツウェアの大手ブランド7社を対象に、5年間のデータをもとに調査が行われました。
調査に協力したのは、16歳から30歳の男女で、スポーツウェアをよく買っている層です。この世代は運動に積極的で、スポーツ関連の商品にもよくお金を使うため、調査の対象として最適といえます。
調査では、「このブランドを友だちに薦めたいと思いますか?」という質問に、0点から10点で答えてもらっています。
実際に商品を買ったことがある人だけでなく、買ったことはなくてもそのブランドを知っている人たちにも聞いています。
つまり「今いるお客さん」だけでなく、「これからお客さんになるかもしれない人」の声も集めているのです。これがこの調査のポイントです。
売上の情報については、「どのブランドの商品を買ったか」「いくらで買ったか」などを、消費者が自分で答える形で集められました。
そして、ブランドごとの売上が3か月ごとにどう変わっていったのかを追跡しました。
NPSは売上拡大には意味がない
分析の結果、NPSのレベル(スコアが高いか低いか)は、売上拡大に直接つながらないことが分かりました。
つまり、一時点でのNPSが高くても、それが時系列的に改善しているものでなければ売上拡大には結びつかないということです。
重要なのは、スコアが「どう変化したか」という点であり、静的なスコアよりも動的な変化に着目する必要があります。
既存顧客のNPSでは売上を予測することは不可能
また、将来の売上成長を的確に予測できるのは、「ブランドヘルスとしてのNPS」の変化であることも明らかになりました。
ブランドヘルスとは、ブランドの価値や強み、顧客からの認知度、市場における地位などの総合的な指標のことです。
つまり「ブランドヘルスとしてのNPS」とは、現在の顧客に限らず、非顧客を含むすべての潜在顧客を対象にしたNPSを意味します。
このスコアの変化(向上)が、次の四半期の売上成長に正の影響を与えることが統計的に確認されました。
つまり、既存顧客のNPSだけでは、将来の売上予測の指標としては有効ではないということです。
既存顧客・非顧客それぞれのNPSを適切に加味した「加重平均」として捉えることが、より精度の高い予測には不可欠です。
短期的なスパンの予測しかできない
さらに本研究はNPSが売上を予測できるのは「短期的なスパン」に限られることも示されました。
具体的には、NPSの変化は「1四半期後」の売上には有効に働くものの、「2~3四半期後」の売上とは関係が見られませんでした。
このように、NPSを売上成長の予測指標として活用するためには、「誰を対象とするか(全潜在顧客)」「何を測定するか(変化量)」「どの期間でみるか(短期)」という3つのポイントを押さえることが重要であるといえます。
なぜ「ブランドヘルスとしてのNPSの変化」だけが売上拡大を予測できるのか?
将来の売上成長を予測できるのが「ブランドヘルスとしてのNPSの変化」だけである理由は、大きく3つあります。
1.市場全体を捉えられる
まず第一に、ブランドヘルスとしてのNPSは、顧客となる可能性のある消費者全てを対象としているため、市場全体におけるブランドの評価や印象をより広く捉えることができます。
これに対して、既存顧客のみのNPSはすでに商品を購入したことがある消費者だけを対象にしているため、ブランドへの関心が高く、既にポジティブな印象を持っている層に偏ってしまいます。
そのため、ブランドの将来的な拡大可能性、つまり新たな顧客の獲得や市場シェアの拡大といった「売上の伸び」を正確に反映しにくいのです。
2.市場全体の感情や評価が把握できる
第二に、ブランドヘルスとしてのNPSの変化に着目することで、ブランドに対する市場全体の感情や評価がどう変わっているのかを把握できます。
この変化は、広告・キャンペーンの効果、新商品の評判、口コミの広がり、あるいは競合ブランドとの比較など、さまざまな要因によって引き起こされます。
スコアが改善した場合、それはブランドの印象が良くなり、「このブランドを試してみよう」「また買おう」と思う人が増えていることを意味します。
実際の購買行動の前段階として、ブランドへの好意や推薦意向が高まっている状態が捉えられるため、近い将来の売上に直結しやすくなるのです。
3.変化の兆しを捉えやすい
第三に、実務的な観点でも、現在のNPSスコア(静的な値)よりも「どう変わったか(動的な変化)」を見る方が、経営判断やマーケティング施策に反映しやすくなります。
たとえば、NPSのスコアがすでに高くても、その状態が何年も変わっていない場合、そこから新たな売上成長が期待できるとは限りません。
しかし、NPSが改善しているという事実は、ブランドに対する評価が今まさに良くなっていることを示しており、将来的な購買意欲や実際の売上につながる確率が高くなります。
この「変化の兆し」をとらえることが、短期的な売上の変動を予測する上で非常に有効なのです。
以上の理由から、ブランドヘルスとしてのNPSの変化は、市場全体のブランドに対する意識の動向を的確に捉え、しかも売上の先行指標として機能しやすいため、将来の売上成長を予測する上で有効な指標となるのです。
NPS単体で用いるのではなく他のデータとの複合的な活用が重要
NPSは単一の質問に基づく指標であるため、顧客の文脈や感情的な背景、またはブランドとの接点の質などを深く掘り下げることはできません。
そのため、ブランドヘルスとしてのNPSの変化が売上成長の予測において有効であるとはいえ、それ単体で意思決定を行うのではなく、他の定性・定量データと組み合わせることが重要です。
さらに、ブランドヘルスとしてのNPSが有効に機能するためには、調査設計の質にも配慮しなければなりません。
対象者の選定が偏っていたり、タイミングや調査方法が一貫していなかったりすると、得られるスコアは不安定になり、予測の精度も低下してしまいます。
NPSが上昇していても、実際の購買行動に至らないケースもあるため、消費者の行動変容を促す施策と連動させることも不可欠です。
NPSが「推奨したいかどうか」という未来志向の質問である以上、それを企業側が「どのような顧客体験を提供すれば、自然と推奨されるようになるか」という視点に変換し、改善行動に結びつけることが重要です。
参考文献:Baehre, S., O’Dwyer, M., O’Malley, L. et al. The use of Net Promoter Score (NPS) to predict sales growth: insights from an empirical investigation.