SaaS(Software as a Service)を提供する企業にとって、無料トライアルは新規顧客を獲得するための定番の施策です。
「まずは無料で使ってもらい、気に入ったら課金してもらう」という流れは、多くのサービスでおなじみとなっています。
ところで、この無料期間は、長ければ長いほど、ユーザーが馴染んでくれて、有料契約へと移行する確率が高くなるのでしょうか?
それとも、短い期間にしたほうが、関心の高いうちに意思決定させられるので、効果的なのでしょうか?
実は大規模な調査によって、最適な無料トライアル日数を調べた研究があります。
大手SaaS企業の無料トライアル期間のデータ
調査を行ったのはワシントン大学などの研究チームです。
この調査では、大手のSaaS企業が実際に行った、大規模なフィールド実験のデータが使われています。
対象となったのは、日本、アメリカ、イギリスなどを含む6つの国と地域の新規ユーザーで、その数は合計33万人を超えます。
これらのユーザーは無作為に3つのグループに分けられ、それぞれ7日、14日、30日間の無料トライアルを割り当てられました。
そして、どのグループが最も有料契約に移行する確率が高いか分析したところ、7日間のグループが最も高くなりました。
具体的には、30日間のグループと比べて、約5.6%も多くのユーザーが契約に進みました。14日間のグループは、30日間と比べて有意な差はありませんでした。
なぜ短い無料トライアル期間が効果的なのか?
7日間トライアルが最も高い契約率を記録した理由には、主にユーザーの行動心理と、サービスの性質に関連しています。
無料トライアルの期間が短いほど、ユーザーは「試用できる時間が限られている」という緊張感を持ちます。
その結果、申込からすぐにサービスの機能や使い勝手を確認しようとする傾向が強まり、利用が活発になります。
短期間で集中して利用することで、ソフトウェアの価値や利便性を早く実感できるため、契約へとつながりやすくなるのです。
また、7日間という短さは、いわゆる「フリーライダー」を抑制する効果もあります。フリーライダーとは、有料プランに移行する意図がなく、無料トライアルの範囲内で必要な作業だけを済ませて去ってしまうユーザーです。
トライアル期間が長いと、そうしたユーザーがそのまま使い続けて目的を達成し、課金に至らないまま離脱してしまうリスクが高まります。
しかし、7日間しかない場合、作業が完了する前に期限を迎えることも多く、そのタイミングで「続けるためには有料プランが必要」という判断を促す効果が生まれます。
こうした要因が組み合わさることで、7日間トライアルを割り当てられたグループが、他のグループと比較して、最も高い契約率になったと考えられます。
ユーザーのタイプによって「最適な無料トライアル期間」が異なる
今回の調査では、ユーザーのタイプによって「最適な無料トライアル期間」が異なるか、という検証も行っています。
その結果、ユーザーの職業やスキルレベルによって、最適な期間が異なることも判明しました。
30日間のトライアルが有効なユーザー
まず、30日間のトライアルが最適だったのは、旧バージョンなどの利用経験があり、すでにそのソフトウェアにある程度慣れているユーザーでした。
こうしたユーザーは、サービスを比較的よく理解しており、じっくり試したうえで有料契約に移行する傾向があると考えられます。
このように、じっくり使ってから意思決定をする人たちにとっては、長めのトライアルが有効なのです。
14日間のトライアルが有効なユーザー
14日間のトライアルが最適だったのは、学習意欲が高く、サービスを積極的に使いこなそうとするユーザーでした。
このタイプは、利用期間中に多くの機能を試し、その良さを理解したうえで自発的に有料契約へと進みます。
短すぎると理解が追いつかず、長すぎると熱が冷める可能性があるため、ちょうど2週間程度の期間が効果的なのです。
7日間のトライアルが有効なユーザー
7日間のトライアルが最適だったのは、初心者や学生、趣味で利用している人たちでした。
こうしたユーザーは、あらかじめ無料でできる範囲だけを目的としている「フリーライダー」の傾向があります。
つまり、長く無料で提供すればするほど、有料契約に至らないまま使い切ってしまうリスクがあるのです。
そのため、短めのトライアルを設定し、早い段階で「有料化するかどうか」の判断を促すことが有効だったのです。
SaaS企業が考えるべきこと
多くのSaaS企業では、無料トライアル期間を一律で設定していることがほとんどだと思います。「とりあえず30日間無料にしている」というケースがよく見られます。
しかし、今回の調査でも分かったように、短いトライアル期間の方が契約につながりやすい場合もあるのです。
すぐに実践できることとしては、まず自社サービスにおけるトライアル期間を見直すことです。
例えば、従来の30日間から14日間、あるいは7日間に短縮し、それによって実際のコンバージョン率や収益がどう変化するかを、検証してみるとよいでしょう。これは大がかりな開発をしなくても、設定変更だけで試せる取り組みです。
さらに余裕があれば、ユーザーの属性に応じてトライアル期間を変える工夫も効果的です。
たとえば、学生やフリーアドレスのメールで登録しているユーザーには7日間、法人アカウントや業務用メールで登録しているユーザーには14日や30日間というように、シンプルなルールでも十分効果が期待できます。
こうした「簡易なパーソナライズ」は、コードやシステムを大きく変えなくても導入可能です。
重要なのは、「誰にでも長い無料期間を与えることが正しいとは限らない」という考え方です。
むしろ、短くすることで、お試しだけで終わってしまうユーザーを減らし、「本当に必要としている人」に絞って価値を届けられる可能性が高まります。
参考文献:Hema Yoganarasimhan, Ebrahim Barzegary, Abhishek Pani. (2020). Design and Evaluation of Personalized Free Trials.