スマホアプリによる割引クーポンが多くなっているので、紙で発行しているお店も少なくなりましたが、それでもまだ来客を促す効果は期待できます。
ちなみに紙製のクーポンにおいては、そのデザインだけではなく紙質も消費者の行動に影響を与えることをご存じでしょうか?
紙の重量感や硬さによって、それを持ったときの印象が変わり、それによって消費者の来店意欲も変化するのです。
重い紙の割引クーポンは使用される確率が高い
メンフィス大学のスバッシュ・ジャー博士らが実際の文房具店で行った実証実験があります。
この実験では約200人の顧客に対し紙製の10%の割引クーポンを配布しました。このとき紙の質感によって以下の4通りのクーポンを用意し、ランダムに配布しました。
- 軽くて柔らかい
- 軽くて硬い
- 重くて柔らかい
- 重くて硬い
(※券面に印刷されたデザインは全て同じものに統一しています)
2週間後に使用率を確認したところ、重い紙に印刷された割引クーポンの方が有意に多く使用されていることが分かりました。
具体的には、重い紙の割引クーポンの使用率が59.1%で、軽い紙の割引クーポンの利用率が40.9%でした。
「重さ」が信頼の証になる
なぜ重い割引クーポンを受け取った消費者のほうが、使用率が高くなったのでしょうか?
それは人間が「重さ」という感覚を無意識のうちに「重要さ」や「信頼性」と結びつけて認知してしまうからです。
心理学の研究では、重いものを持ったとき「これは価値のあるものだ」「真剣に扱うべきものだ」という印象を持ちやすいことが分かっています。
これは、私たちの身体感覚が抽象的な判断に影響する「身体化認知(embodied cognition)」という現象の一例です。
紙質による信頼をそのまま店舗イメージに投影する
つまり重い割引クーポンを手にした消費者は、それを「しっかりした作りで信頼できる」と感じたのです。
そして、その感覚をそのまま店舗への信頼感につなげ、「この店はきちんとしている」「買物する価値のある場所」と感じたということです。
重さという物理的な刺激が、無意識のうちに店舗の「有能さ」や「信頼性」の評価を高め、行動意図を強める効果を持ったのです。
軽い質感は「重要でない」というイメージを抱かせる
一方、軽い割引クーポンは手に取ったときの印象が軽やかで、心理的にも「さほど重要でない」「一時的な販促物」と感じられやすい傾向があります。
そのため、割引内容や店舗情報が同じでも、「今度でいいや」「特に行く必要はない」と感じやすくなり、実際の来店行動につながりにくかったと考えられます。
「柔らかさ」がなぜ支出額に影響するのか
今回の実験で、最も客単価(1回の支出額)が高かったのは、重くて柔らかい割引クーポンを受け取った客でした。
「柔らかさ」がなぜ支出額に影響したのでしょうか?
それは柔らかい触感が、「優しさ」「温かさ」「親しみやすさ」と結びつきやすいことが関係しています。
柔らかい素材の割引クーポンは、無意識のうちに「このお店は感じが良い」「顧客にやさしい」といった印象を与えるのです。
つまり、重さによって生まれた「信頼感」と、柔らかさによって生まれた「好感・安心感」が組み合わさることで、消費者はその店を「信頼できて、感じの良い場所」と認識したのです。
この二重のポジティブな印象が、購買意欲を高め、実際の支出額を増やすことにつながったということです。
柔らかさがメーリングリストへの登録率も高める
ちなみに柔らかさによって生じる親しみやすさは、その店舗ともっと関わりたいという意欲も高める効果があります。
今回の実験で使用された割引クーポンにはメーリングリストへの登録案内も記載されていましたが、柔らかいクーポンを受け取った人ほど登録率が高いことも分かっています。
これは「感じの良い相手との関係をもっと継続したい」という意欲の表れといえます。
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名刺の紙質が有能なイメージを与える
紙の質感が影響するのは割引クーポンだけではありません。
ビジネスカード(社名のみ記載された名刺のようなカード)も紙質によって、評価が変わることが実験から分かっています。
こちらの実験では、実験参加者に対し、キャリアコンサルティング会社のビジネスカードとレターを渡しその能力を評価させています。
その結果、ビジネスカードのデザインやレターの内容に関係なく、重い紙質の会社ほど有能であると評価されやすいことが分かりました。
また、柔らかい紙質のビジネスカードの会社ほど「温かい」というイメージを持たれやすいことも分かりました。
この実験では社名のみ記載されたビジネスカードを使用していますが、個人名の記載された名刺においても同様の効果が出る可能性があります。
「五感による没入的体験」を戦略に落とし込む
顧客体験の中心は「視覚的な美しさ」から「五感による没入的体験」へと移行しています。
今回の実験は触覚(ハプティック)が消費者の心理的な評価や購買行動に強い影響を及ぼすことを示しました。
特に、「重さ」と「柔らかさ」という単純な感覚が、企業の有能さや温かさといったブランド印象を大きく左右します。
では企業としてどのような戦略を取れば良いのでしょうか?
有能さを強調するための「重さ」の活用
企業が専門性や信頼性を訴求したい場合、製品や販促物、店舗の内装において「重厚さ」を取り入れると効果的です。
名刺やカタログ、製品パッケージに厚みや重量感のある素材を選ぶことで、顧客は無意識のうちに企業の力量や誠実さを感じ取りやすくなります。
店舗空間であれば、木材や金属など重量感を伴う素材を用いた什器が「しっかりした会社」「品質にこだわる企業」という印象を形成します。
このような触覚的演出は、特に金融、医療、教育、BtoBサービスといった「信頼」と「能力」が重視される業界で有効に機能します。
温かみと親しみを伝える「柔らかさ」のデザイン
顧客との距離を縮めたい、ブランドを親しみやすく見せたいという企業にとっては、「柔らかさ」が武器となります。
紙媒体であれば、マットな質感や手触りの良い繊維系素材が効果的であり、パッケージや店舗内装では布地やクッション性のある素材を採用することで、消費者の心理的な安心感を喚起できます。
こうした柔らかな感触は、化粧品、ベビー用品、生活雑貨、福祉関連など、人の温もりや優しさが価値となる分野で特に有効です。
また、ブランドロゴやメッセージと触覚体験を統一的に設計することで、企業の「人間味」や「共感力」を訴えることができます。
ブランド成熟度に応じた触覚戦略の調整
すでに高いブランドイメージを確立している企業にとっては、触覚的要素の影響は相対的に弱まることが研究から明らかになっています。
これは、顧客がすでにその企業に対して確固とした信頼や好意を持っているため、追加的な触覚刺激が印象形成に与える余地が小さいからです。
したがって、成熟したブランドは、単に重さや柔らかさを加えるのではなく、ブランド体験全体の統合性を高める方向で触覚設計を行ったほうが良いといえます。
高級ブランドであれば「重厚さと滑らかさ」を同時に表現する複合素材を選ぶことで、既存の品格を損なわず触感的にも記憶に残る体験を提供できます。
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「触れる体験」がブランドロイヤルティを育てる
触覚は見た目では伝えきれないブランドの「人間らしさ」を表現する手段です。
オンライン化が進み、物理的な接点が減少している今だからこそ、消費者は「手で感じる確かさ」を求めています。
店頭で割引クーポンを受け取ったときや、パッケージを開けたときの感触は、企業の姿勢や価値観を直感的に伝える重要なメッセージとなります。
触覚を通じて心地よさや信頼を感じる体験は、短期的な販促以上に長期的なブランドロイヤルティを育てます。
デザインや広告と同じくらい「触れる体験」を丁寧に設計しましょう。
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参考文献:S Jha, M Balaji, et al. (2020). The Effects of Environmental Haptic Cues on Consumer Perceptions of Retailer Warmth and Competence.

