ペルソナ設定はもう古い?データドリブンな時代の顧客理解のあり方

ペルソナとは、ユーザーリサーチやインタビューなどから得られた情報をもとに構築される「典型的な顧客像」のことです。

実際の個人ではなく、複数のユーザー特性を統合して作られる仮想人物であり、名前や職業、行動パターン、価値観などが具体的に描かれます。

マーケティングの現場では、プロジェクトメンバー全員が共通の「顔のあるユーザー」を想定して議論するための道具として活用されてきました。

ペルソナの利点は、イメージを共有しやすいことにあります。

マーケティング担当者、デザイナー、エンジニアなど立場の異なるメンバーが、同じ顧客像を共有することで方向性のずれを防ぐことができるのです。

しかし、近年「ペルソナは時代遅れ」といわれることもあります。

その理由はいくつかありますが、大きな理由としてはデータドリブンなマーケティングツールの進化が挙げられます。

アクセス解析ツールやCRMシステム、AIによる行動分析が数値で顧客をセグメントし、瞬時に行動を予測します。

そのため、ペルソナを設定しなくても、データに即応して柔軟に対応すれば良いのではないかという考えが広がっているのです。

果たして、本当にペルソナを設定することの意味はなくなっているのでしょうか?

アナログのペルソナ設定とデジタルデータの顧客像設定

結論からいうと従来通りのペルソナ設定では「意味がない」といえるでえしょう。しかし、だからといってデジタルデータに頼るだけでも正しい顧客像を作り上げることはできません。

なぜなら、どちらにもメリットとデメリットが存在しているからです。

顧客像をアナログに基づくペルソナとして設定する場合と、数値や行動などのデジタルデータから設定する場合では、それぞれどんなメリット・デメリットがあるのかを調べたヴァーサ大学のヨニ・サルミネン博士らの論文があります。

この論文では過去に行われた複数の顧客像の設定に関する研究を分析しています。

その結果、それぞれに次のようなメリットとデメリットがあることが分かりました。

アナログのペルソナ設定

メリット

  • 組織のコミュニケーションが円滑になる:ペルソナが共通言語となり、部門ごとに異なる視点をもつメンバーが、同じ人物を基準に話すことで意思疎通がスムーズになる。
  • 具体的な人物像を思い浮かべやすくなる:匿名のデータや統計よりも、リアルな人間像として想起しやすく、デザイナーや開発者が「この人ならどう感じるか」を考えやすくなる。
  • 既存の思い込みから抜け出せる:ペルソナを通じて、自分たちが抱いていた顧客像との違いに気づき、新しい視点で顧客の課題やニーズを再発見できる。
  • 視点がユーザーのニーズに向く:「ユーザーが何を達成したいのか」に焦点を当てられることで、組織の意思決定が技術や内部都合ではなく、ユーザー価値に基づく方向へ整いやすくなる。

デメリット

  • 時間と費用がかかる:質の高いペルソナを作るには、インタビューや観察などの調査を数か月単位で行う必要があり、コストが高い。小規模組織では実施が難しい。
  • 作る人の主観が入りやすい:調査や編集を担当する人の価値観や先入観が反映され、客観性を欠くことがある。
  • 標本が代表的でない:限られた人数のインタビュー結果から作るため、母集団全体を正確に反映しにくく、バイアスが入りやすい。
  • 定量的な裏づけが弱い:ペルソナの信頼性や精度を測る客観的な指標が少なく、検証が難しい。

デジタルデータによる顧客像の設定

メリット

  • 最新データへの即応性:ユーザー行動の変化に合わせて定期的に更新でき、古いデータによる陳腐化の問題を避けられる。
  • 代表性に正確さが出る:全顧客ベースの行動データを扱えるため、限られたサンプルに依存せず、より包括的で代表性のある人物像を構築できる。
  • 複雑な行動パターンの抽出:アルゴリズムにより、多数の行動パターンや嗜好のグループ化が可能で、従来の分析では見落とされていた多様性を表現できる。
  • 予測分析への応用:行動ログやなどを使い、顧客が特定のコンテンツや商品に興味を持つ確率を数値で予測できる。
  • 再現性と検証可能性:統計的手法に基づくため、再現実験が容易で、信頼性の高い評価が可能になる。

デメリット

  • 情報選択の難しさ:どのデータを採用し、どの特徴を強調すべきかという判断は依然として人間が行う必要があり恣意性が残る。
  • 深い洞察の欠如:アルゴリズムが扱うのは行動データ中心で、顧客の動機・感情・価値観といった人間的側面が表現しにくい。
  • 既存データへの依存:現状の顧客行動に基づくため、潜在的な市場や新しい顧客層を見つけるには向かない。
  • 組織的バイアスの影響:アルゴリズムが中立でも、最終的な活用段階では組織や個人の意図が介入し、政治的に利用されるリスクがある。

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データドリブン時代のペルソナ設計の方法

上記の通り、従来型のアナログのペルソナ設定も、データに基づく顧客像の設定にも、それぞれにメリットとデメリットがあることが分かりました。

では、これらを踏まえてどのように顧客像を作り上げていけば良いのでしょうか?

それはデータの精度と人間の理解を両立させることです。つまり、従来のように感覚や想像で人物像を描くだけでもなく、データ分析にすべてを委ねるのでもなく、定量データと定性的な洞察を組み合わせて設計することが最も効果的だとうことです。

もう少し詳しく説明しましょう。

1. 初期段階ではデジタルデータを活用し顧客行動を理解

まず、ペルソナを設定する際には、最初の段階でデジタルデータを活用するのが有効です。

ウェブアクセス解析、SNSデータ、購買履歴、行動ログなどをもとに、ユーザーをセグメント化し、代表的なパターンを抽出します。

これにより、「どのような行動を取る人が多いのか」「どんな利用傾向があるのか」といった事実に基づく構造的な理解が得られます。

このプロセスでは、個人の直感や経験に頼らず、顧客全体の特徴を客観的に把握できる点が重要です。

2. 人間を使って「人間」を知る

しかし、データから得られるのは「何をしているか」という表面的な行動傾向が中心であり、「なぜそうするのか」という動機や感情の部分までは明らかになりません。

そこで、次の段階として、定性的な補完が必要になります。

たとえば、代表的なセグメントごとにインタビューを行い、背景となる価値観、欲求、課題、感情などを深く掘り下げます。

これにより、数値の裏にある人間の営み知ることができます。

3. ペルソナを更新し続ける

さらに、作成したペルソナは静的なものとして固定せず、動的に更新していくことが望ましいです。

デジタルデータの強みは、常に最新データを反映できる点にあります。顧客の行動や嗜好が変化すれば、ペルソナもその変化に合わせて再生成されるべきです。

こうすることで、現実との乖離を最小限に抑え、「古くならないペルソナ」を維持できます。

最後に

また、ペルソナは作って終わりではなく、意思決定やチーム内コミュニケーションに活かす運用設計も欠かせません。

データチームが作成した数値主導のペルソナを、デザイナーやマーケターが「物語のある人物像」に翻訳し、実際の施策にどう反映するかをチームで共有することが重要です。

たとえば、「このペルソナが新しい機能を使うときに何を期待し、どんな不安を抱くか」といった視点を交わすことで、無機質なデータを感情のある情報として活かすことができます。

つまり、効果的なペルソナ設定とは、以下の三段階の循環をつくることです。

  • データで行動傾向を把握する
  • 人間の洞察で動機や感情で物語を補完する
  • 継続的に更新し、チームで共有・活用する

このような設計により、ペルソナはただの妄想ではなく、自社が狙うべき明確な顧客像として機能するのです。

参考文献:J Salminen, B J. Ansen, et al. (2018). Are Personas Done? Evaluating the Usefulness of Personas in the Age of Online Analytics.