割引は逆効果?アリババの実験で分かった価格プロモーションの悪影響

ネットショップを運営していると、「とりあえずセールをすれば売れる」と考えてしまいがちです。

特に競合が多いECモールやプラットフォームでは、割引が最も手っ取り早い販促手法に見えるかもしれません。

しかし、価格プロモーションは必ずしも「良いことずくめ」ではありません。短期的には売上が伸びたとしても、長期的には別の問題を引き起こす可能性があるのです。

世界最大級のECプラットフォームAlibaba(アリババ)で行われた実験をもとに、「割引の思わぬ副作用」について詳しく解説します。

ECサイトの販売戦略を考えるときの、ヒントになればと思います。

Alibabaが実施した100万人規模のフィールド実験とは?

この実験は、Alibabaと米国の研究者チームによって、実際の顧客を対象に行われたものです。

対象となったのはAlibabaのモバイルアプリを使う約100万人の顧客と、約11,000の販売業者です。

この実験では、顧客を2つのグループに分け、一方のグループには「カート放置割引」を適用しました。これは、カートに入れてから24時間経過しても購入されていない商品に、割引クーポンを発行するというものです。

もう一方のグループには、このような割引クーポンは発行せずに、両グループの購買行動の違いを観察しました。

短期的には割引の効果あり

まず、注目すべきは割引クーポンを発行した当日の効果です。

割引クーポンを受け取った顧客は、受け取らなかった顧客に比べて購入確率が116%も高いことが明らかになりました。

さらに、支出金額も平均90%増加しました。

つまり、価格プロモーションの提示によって、売上は大きく跳ね上がったのです。セール当日の売上や反応率を重視するEC運営者にとっては、魅力的な結果と言えるでしょう。

価格プロモーション終了後も続いた効果

研究チームは、プロモーション終了後も、1ヵ月間にわたり、顧客の行動を追跡しました。

その結果、割引クーポンを受け取った顧客の商品閲覧数は平均0.53%増加し、購入頻度も0.32%増加していることが分かりました。

つまり、価格プロモーション終了後も、顧客が再びプラットフォームにアクセスし、商品を探す機会が増えたのです。

一見、これは良い効果に見えるかもしれません。リピーター獲得やロイヤルカスタマー化を目指すなら、このような再訪行動は歓迎すべきものです。

しかし、その一方で、顧客の戦略的行動、つまり「いかに安く買うか」という意図に基づく行動が、強くなっていることも明らかになりました。

顧客が値引きを待つようになってしまった

価格プロモーションを体験した顧客の戦略的行動として、具体的には次の2つの傾向が観察されました。

① 戦略的な「カート追加」が増加

まず、割引を経験した顧客は、その後も商品をカートに入れる頻度が増加しました。これは、再びカート放置割引を得るための戦略的な「仕込み行動」と考えられます。

つまり、一度割引を体験した顧客は「カートに入れて待てば、また安くなるかも」と期待するようになってしまったのです。

② 支払い価格がわずかに低下

そして、この期待は実際の購買行動に悪影響を及ぼしました。

同じ商品でも、割引を体験した顧客は、そうでない顧客よりも、安い価格で購入するようになったのです。割引を期待して購入を延期したり、他のセール情報まで探すという行動が増えました。

このように、割引は一時的な販売促進になる一方で、長期的には顧客単価を下げる効果も持っていたのです。

そして起きた「スピルオーバー効果」――他の店舗にも影響が…

さらに驚くべきことに、この価格プロモーションの影響は、割引を実施した店舗だけにとどまりませんでした。

割引クーポンを一切提供していない他の出店者にも、次のような影響が確認されました。

  • 商品閲覧数・購入確率の増加
  • カート追加率の上昇
  • 平均支払価格の低下

つまり、割引を受けた顧客は、他のショップに対しても戦略的に振る舞うようになっていたのです。

Alibabaでは、プロモーションを行う店舗とそうでない店舗を明示していなかったため、顧客側では区別がつきません。そのため、「どの店舗でも割引の可能性がある」と認識されてしまったと考えられます。

これは、プラットフォームにとっては、顧客のエンゲージメントが高まるというプラス効果となりますが、個々の出店者にとっては価格競争が激化するリスクとなります。

つまり、下手な割引が、他の出店者に迷惑を掛けることになったり、掛けられることになるということです。

EC運営者が割引戦略を用いる際のポイント

価格プロモーションは両刃の剣といえます。

短期的な売上増加は確かに魅力的ですが、長期的には顧客の行動や期待を変化させ、価格への敏感さを高める可能性があります。さらに、割引を受けていない他店舗にもその影響が波及するのです。

だからといって「値引きをやめるべき」と結論づけるのではなく、より賢くプロモーションを設計するためのヒントとして捉えることが大切です。

特に、プラットフォーム型ECでは顧客の記憶や行動パターンが蓄積されやすいため、「安さを期待させすぎない設計」が求められます。

1. 割引の「意外性」を保つ

値引きは「頻度」によって、その魅力が大きく変わります。毎週のようにセールを実施していると、顧客は次第に慣れてしまい、「いま買わなくても、どうせまた安くなる」と考えるようになります。

これはまさに、Alibabaの研究でも確認された「戦略的な顧客行動」の表れです。顧客が待つようになると、通常価格では売れにくくなってしまいます。

価格プロモーションは、タイミング、対象選定、内容に意外性を持たせること、が重要です。以下のような工夫が効果的です。

  • セールのスケジュールを固定せず、不定期に行う
  • 全商品対象ではなく、カテゴリやブランドを限定する
  • 一部の顧客にだけ届くシークレットクーポンを用意する

こうした仕組みにより、顧客の間で「今回は特別だ」「逃したくない」という心理が働き、衝動買いや即時購入を促すことができます。

2. 割引以外の価値を訴求する

安さだけに頼った価格競争は、最終的に「体力勝負」になってしまいます。中小のEC事業者にとっては、値下げ競争を続けることは破滅への道を歩むことです。

そこで重要になるのが、「価格以外の差別化要素」をしっかりと伝えることです。以下のような工夫が、価格に頼らずとも選ばれる理由をつくります。

  • 豊富なレビューや実際の使用写真で安心感を提供する
  • 使い方の動画やQ&Aで購入前の不安を解消する
  • スムーズな返品・交換ポリシーで購買のハードルを下げる
  • スタッフのコメントやおすすめポイントで人間味を加える

特にSNSや商品ページで、顧客の疑問や不安に先回りして答えたり、商品選びをサポートするような接客的な情報提供は、購買意欲を大きく引き上げます。

「価格が安いから」ではなく、「信頼できそうだから」「自分に合いそうだから」といった理由で購入されるようになれば、値引きに頼らずとも売れる構造が作れます。

また、丁寧なブランド体験は、LTV(顧客生涯価値)の向上にもつながり、長期的には大きな利益をもたらしてくれます。

販促とは「どんな顧客を育てるか?」という問い

「割引をすれば売れる」は半分正しく、半分間違っています。

Alibabaの大規模実験は、値引きが短期的には効果的でも、長期的には「顧客の目線」を変えてしまうことを教えてくれました。

戦略的な購買行動を取る顧客が増えると、セール価格のインパクトは薄れ、収益性にも影響を与えかねません。

販促とは、目先の数字を上げる施策ではなく、「どんな顧客を育てるか」という問いでもあります。

ぜひ、「値引きがどんな行動を引き出すのか?」を考えたうえで、より戦略的な価格プロモーションを設計してください。

参考文献:Dennis J. Zhang, Hengchen Dai, et al. (2019) The Long-term and Spillover Effects of Price Promotions on Retailing Platforms: Evidence from a Large Randomized Experiment on Alibaba.