現代の消費者は情報に敏感であり、同じような値引きが繰り返されると新鮮味を感じにくくなります。
その結果、従来型の割引は効果が限定的になり、ブランド価値を下げてしまうリスクさえ指摘されています。
こうした背景の中で注目を集めているのが「プロモーションゲーム」と呼ばれる仕掛けです。
プロモーションゲームは、消費者がくじやルーレット、スクラッチといった簡単なゲームを通じて割引を「勝ち取る」形式を取ります。
一見すると手間が増えているように見えますが、実際にはこの小さな体験が消費者心理に大きな影響を与えます。
割引を受け取るだけでは得られない「自分は運が良い」「せっかく当てたから使わなければ」という感情が購買意欲を高める結果につながるのです。
ゲームで勝ち取ったクーポンは使いたくなる
コネチカット大学のステファン・ホック教授らがEC企業と協力して、割引の種類が購買行動に与える影響を実地で調べています。
対象はこの企業の顧客1,063名で、扱う商品は価格が19.99ドルから39.99ドルのオンライン動画チュートリアル(学習や料理の教材動画)です。
参加者はランダムに以下の三つの条件に割り当てられました。
- ストレート割引条件:直接20%オフのクーポンコードが提供される
- ゲーム割引条件:3つのドアから1つを選び、当たれば20%オフのクーポンが提供される(実際はすべてのドアが当たり)
- 比較対象用の条件:割引ナシ
参加者はその後、7日以内にクーポンを使って動画を購入できると案内されました。
7日後の購入データを分析したところ以下の結果となりました。
- ストレート割引条件:20%の顧客が購入
- ゲーム割引条件:26%の顧客が購入
- 比較対象用の条件:6%の顧客が購入
プロモーションゲームの効果
実験結果が示す通り、その割引を「どのように手に入れたか」が、消費者心理に強く影響を与えます。
ストレート割引の場合、消費者は「得をした」とは感じても、それ以上の特別な感情を持ちにくいです。
一方、ゲームを通じて割引を獲得すると「自分は当たりを引いた」「運が良い」という感覚が生まれます。この幸運感がポジティブな気持ちを強め、購買に前向きになるきっかけとなります。
また、割引を「自分で勝ち取った」という体験は、その店舗やブランドに対する感情を良くする効果もあります。
単に値引きされただけではなく「楽しい経験を提供してくれたお店」という印象を持つため、購入する行動につながりやすくなるのです。
加えて、人はもともと「損を避けたい」という傾向があるため、一度勝って手にしたクーポンを無駄にしたくない気持ちも働きます。
ゲームで獲得した割引は、ストレート割引よりも「せっかく当てたのだから使わないともったいない」と感じやすく、その結果として購買率が高くなったのです。
研究結果を踏まえた企業の戦略的アプローチ
同じ割引率であっても「ゲームを通じて獲得するか」「ストレートに提示されるか」で消費者の反応が大きく異なることが分かりました。
これは、企業にとってプロモーションの設計を工夫することで、追加コストをかけずに売上や顧客との関係性を強化できる重要な示唆となります。以下では、企業が取るべき具体的な戦略を示します。
1. 割引をゲーム化して提供する
単なるクーポン配布ではなく、抽選やスクラッチ、選択式の仕掛けを取り入れることで、顧客は「自分で当てた」という感覚を持つことができます。
この体験が購買意欲を高め、結果的に売上を押し上げます。特にオンラインショップでは、簡単に実装できるデジタルゲーム型のクーポンが有効です。
2. 幸運感を強調したコミュニケーションを行う
消費者が「当たりを引いた」と思うことで購買率が高まるため、ゲーム後のメッセージで「おめでとうございます!」「今日はあなたがラッキーです」といった表現を積極的に用いると効果的です。心理的な高揚感を利用して購入行動へと導くことができます。
3. ブランド体験として位置づける
割引ゲームを単なる値引き手段ではなく「楽しい購買体験」として設計することが重要です。ゲームを通じて楽しさや驚きを提供することで、顧客はその体験を店舗やブランドと結びつけ、ポジティブな印象を持ちやすくなります。長期的にはロイヤルティ向上にもつながります。
4. ヘドニック商品での活用を優先する
他の研究では娯楽性や快楽性の高い商品においてプロモーションゲームの効果が強く出やすいことが示されています。そのため、ファッション、化粧品、旅行、外食、エンタメといったカテゴリで積極的に導入すると効果を最大化できます。
5. 「もったいない心理」を活用する
ゲームで勝ち取った割引は「せっかく当たったから使わなければ損」という心理を引き起こします。これを促すために、クーポンの有効期限を短く設定したり、使用を簡単にしたりすることで購買率をさらに高めることができます。
ブランド価値の向上にも効果的
プロモーションゲームは、単なる購買率の向上や売上増加にとどまらず、消費者にポジティブな体験を提供し、ブランドの「楽しさ」や「親しみやすさ」といった無形の価値を高める可能性があります。
特にデジタル環境が当たり前となった現在では、ゲーム性を取り入れた仕組みはSNSでの拡散や口コミによる波及効果も期待でき、割引以上の宣伝効果を生み出すことができます。
企業がこの仕組みをうまく活用すれば、価格競争に依存しない持続的な競争優位を築くことができるでしょう。
参考文献:Stefan J Hock, Rajesh Bagchi, Thomas M Anderson, Promotional Games Increase Consumer Conversion Rates and Spending, Journal of Consumer Research, Volume 47, Issue 1, June 2020, Pages 79–99.