広告に「共感しない顧客」を動かすには?

これまで広告やキャンペーンでは、共感を呼び起こすことが成功の鍵とされてきました。

寄付や購買、署名やボランティアなど、人々が一歩踏み出すときに「自分ごと化」する力が共感にはあるからです。

ところが近年、特に若い世代では共感力が低下していると報告されています。

アメリカの大学生を対象にした調査では、1990年代以降に共感性が顕著に下がっているというメタ分析結果も出ています。

さらに、個人主義的な文化圏ではそもそも共感性が低い傾向があることも明らかになっています。これは非営利活動や社会的キャンペーンだけでなく、幅広い分野の広告にとって無視できない状況です。

共感が得られにくい層が増えるということは、従来の「共感訴求」に頼った手法だけでは成果が出にくくなることを意味します。

特に、行動変容を求める広告や社会課題に関連する取り組みでは、この壁に直面する場面が増えているはずです。

共感しない顧客を動かす新しい視点

共感が得られにくい相手でも、まったく行動を起こさないわけではありません。

問題は「どのように伝えるか」です。感情を喚起する画像や、メッセージの裏付けとして用いる証拠の示し方が重要な要素になります。

一般的には、前向きで明るいイメージや、客観的な統計データを使うことが安心材料とされがちです。

しかし、必ずしもそれが最適解ではありません。相手があまり共感的でない場合には、こうした手法では十分な動機づけにつながらない可能性があります。

ネガティブな感情を引き起こす画像や、個別の事例に焦点を当てるストーリーは、しばしば避けられる傾向があります。

しかし、それらがむしろ「共感しない」層にとって有効な刺激になりうるという視点も必要です。

研究が示した効果的なメッセージ戦略

研究の概要と実験デザイン

スイスの大学生198名を対象にした実験研究では、共感性が低い人に向けた広告の最適な伝え方が検証されました。

取り上げられたテーマは、公共施設をバリアフリー化するための架空の請願キャンペーンです。

参加者には4種類の広告メッセージが提示されました。

  1. 悲しい表情の画像 × 統計的証拠
  2. 悲しい表情の画像 × 逸話的証拠
  3. 幸せそうな表情の画像 × 統計的証拠
  4. 幸せそうな表情の画像 × 逸話的証拠

画像は「車椅子の男性が階段に阻まれて悲しい表情をしている」ものと、「スロープを使って笑顔で移動している」もの。

証拠は「スイスには6万8千人の車椅子利用者がいる」という統計データ(統計的証拠)か、「ルカという青年が脳性まひで車椅子を利用している」という個別ストーリー(逸話的証拠)でした。

実験の結果

結果は明確でした。共感性が低い人々に対しては、悲しいイメージが請願への賛同を高め、逸話的なストーリーがメッセージ全体への好意度を高めました。

そしてその態度の変化は、署名や共有といった行動意図につながることが確認されました。

一方で、共感性が高い人にとっては画像や証拠の種類に関係なく好意的に受け取られており、戦略の違いによる大きな差は見られませんでした。

つまり、共感性が低い人に働きかける際には「悲しみを伴うビジュアル」と「個人の物語(逸話)」が効果的に機能するということです。

統計的なデータや明るいイメージだけでは行動を動機づける力が弱まる可能性があります。

社会課題を伝えるキャンペーン設計の工夫

寄付・署名キャンペーンで活かせるポイント

寄付や署名を促す場面では、単なる統計データよりも「一人の具体的な体験談」を提示することが有効です。

また、課題の厳しさを表す写真を使うことで、共感性の低い層にも「自分の行動が必要だ」と感じさせやすくなります。

ただし、過度に悲惨さを強調すると逆効果になることもあるため、現実を伝えつつ dignified(尊厳を保つ)表現を心がけることが重要です。

企業ブランディングや社会貢献活動への応用例

この研究は非営利の文脈で行われましたが、社会的責任を重視する企業活動にも応用できます。

たとえば、環境問題や地域支援をテーマにしたキャンペーンでは、数字のインパクトだけでなく「個別のストーリー」を組み合わせることで、より幅広い層にリーチできます。

特に共感的ではない消費者に対しても行動を促す可能性が高まります。

「悲しい表情」のリスクと尊厳を守るための注意点

悲しい表情の写真は効果的である一方で、被写体を「弱者」として一面的に描いてしまうリスクがあります。

対象となる人々の尊厳を損なわないよう、文脈やメッセージ全体のトーンを慎重に設計する必要があります。

単なる「かわいそう」という印象に終わらせず、「支援によって未来が変わる」というポジティブなビジョンと併せて提示することで、健全なバランスを取ることができます。

広告における「ポジティブ表現」の呪縛

広告の世界では長らく「笑顔」「成功」「明るい未来」といったポジティブな表現が好まれてきました。確かに前向きなイメージは安心感や親近感を与え、ブランドを傷つけにくいという利点があります。

しかし、心理学の分野では「ネガティブ感情の方が記憶に残りやすい」という知見が積み重ねられています。

特に驚きや悲しみ、恐怖といった強い感情は、人々の態度形成や意思決定に長期的な影響を与えることがわかっています。これを「ネガティビティ・バイアス」と呼びます。

今回紹介した研究も、まさにこの傾向を裏付ける結果といえるでしょう。共感性が低い人はポジティブな映像や統計的な数字では動きにくい一方、日常の中の困難さを描いたネガティブな表情や個人の物語には反応を示しました。

もちろん、広告において「悲しさ」や「痛み」を扱うことは大きなリスクを伴います。ブランドイメージを損ねたり、受け手に拒絶感を与える危険性もあります。だからこそ、実務で活用する場合には「どのように結末を描くか」が重要です。

困難さを提示するだけでなく、それを乗り越えるプロセスや希望のビジョンを合わせて見せることで、ネガティブな印象をポジティブな行動へと変換できます。

広告は単に「好印象を与える」ための手段ではなく、「行動を生み出す仕組み」でもあります。時に心地よさだけではなく、不快さや違和感を戦略的に使うことも必要です。

参考文献:F Bunzli. 2022. Improving the effectiveness of prosocial advertising campaigns: Message strategies to increase support from less empathic individuals.