ある商品やサービスと偶然出会ったときに、なぜかそれが特別に感じられることがあります。
このような体験は「セレンディピティ」と呼ばれています。
そして、このセレンディピティはマーケティングに活かすことができます。
セレンディピティとは
セレンディピティとは、「予期していなかったのに、偶然すばらしいものに出会うこと」を意味します。
英語圏では「happy accident」とも呼ばれるように、計画された行動の中ではなく、思いがけないタイミングや場所で、思わず笑顔になるような出会いが起こる体験を指します。
重要なのは、それがポジティブな感情をともなうこと、そして予測できず、ある程度「運」や「偶然」に依存しているように感じられることです。
たとえば、ふらっと立ち寄った書店で、まさに今の自分に必要な気づきを与えてくれる一冊と出会ったり、旅先で入った雑貨店で、好みのアイテムを偶然見つけたときなど、そうした体験にはセレンディピティの要素が含まれているといえます。
そうした瞬間には、「なぜ今これに出会えたんだろう」「偶然のはずなのに、どこか必然のようにも感じる」といった不思議な感覚が自然に湧き上がってくるのです。
そして、このような感覚は消費者の満足度や購買意欲を高める効果もあります。
消費者は「自分で選んだもの」より「企業が選んだもの」に満足する
「自分で商品を選んだ場合」と「企業側が選んで送ってきた場合」とで、顧客の体験にどのような違いが生まれるかを検証した、シドニー大学などの研究チームによる調査があります。
調査対象となったのは、コスメのサブスクサービスである「Birchbox」などのユーザーです。
研究チームは、これらのサービスを利用したことのある消費者を募集し、そのときの感覚について、自由に回答してもらいました。
分析の結果、企業側が商品を選んだ場合の方が、消費者の満足度が有意に高いことがわかりました。
また、再度の購買意欲、友達に薦めたいという意欲、ブランドに対する評価も全て、企業側が商品を選んだ場合の方が高くなりました。
さらに、「良い意味で驚いた」「偶然に出会ったように感じた」といったセレンディピティ特有の感情も強く報告されており、こうした感情が満足度や推奨意欲、再購読意欲の高さを媒介していることが統計的に確認されました。
セレンディピティが購買意欲を高める理由
セレンディピティが購買意欲を高めるのはなぜでしょう?
それは偶然の出会いが感情的な価値を生み出すからです。
自分で選んだものではなく、思いがけず出会った商品が自分の好みに合っていたとき、人はそれを「運命的」「ラッキー」と感じます。
すると、その体験がより印象深くなり、ただの買物ではなく「意味のある出来事」として記憶されやすくなります。
また、偶然の出会いには「驚き」があります。このポジティブな驚きは感情を活性化させ、商品に対する好意や興味を強めます。
これが「もっと知りたい」「また買いたい」「他の人にも勧めたい」といった気持ちを生じさせ、購買意欲を高めるのです。
さらに、偶然性を感じる体験では「自分が特別な体験をした」と思いやすくなり、その特別感がブランドへの愛着やロイヤルティにもつながります。
こうした心理的なプロセスが積み重なることで、セレンディピティは購買行動を強く後押しするのです。
セレンディピティ・マーケティングの具体的な施策
運命のように見えるポジティブな出会い(セレンディピティ)は、選択による体験以上に、満足感や購買意欲、リピート率を高める効果があります。
これを踏まえたセレンディピティ・マーケティングの施策として、以下のようなアプローチが考えられます。
1.サブスクリプション型サービスの「おまかせプラン」強化
サブスクリプション型のサービスでは、ユーザーが中身を選べるようにする設計が一般的ですが、今回の調査から、あえて中身を知らせずに届ける「おまかせ形式」の方が満足度を高めることが分かりました。
たとえばファッション分野では、「スタイリストおまかせコース」を設けることで、受け取ったときのサプライズ感を演出できます。
コーヒーやお茶の定期便でも、今月だけの「運命の一杯」をランダムに同梱するような工夫が有効です。
受け手はそれを偶然の出会いとして受け取り、ポジティブな感情を抱く傾向が強まります。
2.ECサイトでの偶然性」を演出したレコメンドの導入
ECサイトでは「あなたへのおすすめ」という形でパーソナライズされた商品が表示されます。
しかし、「おすすめ」よりも「たまたま見つけた」「今だけの出会い」など、偶然性を感じさせる見せ方のほうがセレンディピティを感じさせやすくなります。
たとえば「今日あなたに巡り合った一品」や「ランダムセレクション」などの枠を設けることで、計算された選定よりも感情的な反応を引き出すことが可能になります。これは特に「発見」の要素を求めるユーザー層に効果的です。
3.実店舗での「予期せぬ試食・体験」の設計
リアル店舗においても、セレンディピティの要素を組み込むことは可能です。
事前に告知せず、特定の場所にサンプルや試飲・試食コーナーを配置することで、「たまたま見つけた」という感覚を演出できます。
たとえば、スーパーの入り口付近で偶然見つけたワインの試飲や、階段を上がった先に出現する香りの演出などがその一例です。
顧客にとって、こうした予期せぬ体験は記憶に残りやすく、購買行動を後押しする要因になります。
セレンディピティ・マーケティングが通用しない場面
セレンディピティ・マーケティングは、感性に訴える商品の購買時、情報が少なくて選ぶのが難しいシチュエーション、あるいは選択肢が多すぎて疲れているときなどに特に効果を発揮します。
逆に、明確な比較や合理性が求められる商品領域では、あえて偶然性を持ち込むよりも、しっかりとした情報提供と選択の自由が重要となります。
状況に応じてセレンディピティの活用度合いを調整することが大切です。
セレンディピティは口コミやSNS拡散の「きっかけ」にもなる
セレンディピティ・マーケティングは、偶然を装いながらも実は計算された設計によって、顧客の心に深く残る体験をつくるアプローチです。
重要なのは、ただのサプライズではなく、「自分にとって意味のある出会いだった」と感じさせることです。
そのためには、顧客理解が欠かせません。どんな偶然を心地よく感じるのか、どんなタイミングで驚きを受け入れやすいのかを把握する必要があります。
また、この研究では詳しく触れられていませんが、セレンディピティは「語りたくなる体験」を生みやすいという特性もあります。
人は自分の予想を超えた嬉しい出来事を、誰かに話したくなるものです。つまり、セレンディピティは口コミやSNS拡散の「きっかけ」にもなりうるのです。
現代の消費者は、情報や選択肢に溢れた日常の中で、意外性や偶然に価値を感じやすくなっています。
だからこそ、意図的にセレンディピティを取り入れ、選ばれるブランドになることが可能です。
顧客が次に訪れたとき、「また何かいいことが起きるかも」と思ってもらえるような、小さな驚きや偶然性を丁寧に仕込むことで、差別化につなげましょう。
参考文献:Kim, A., Affonso, F. M., Laran, J., & Durante, K. M. (2021). Serendipity: Chance Encounters in the Marketplace Enhance Consumer Satisfaction.