「あと1回引けば、レアアイテムが出るかもしれない」。
このような期待感は、オンラインゲームのガチャや、店頭でのクジ引きにハマる消費者の心にごく自然に生まれるものです。
何が出るか分からないという「偶然性」は、収集欲や好奇心を刺激します。
とくにZ世代と呼ばれる若年層は、サプライズ性やゲーム感覚のある消費体験を楽しむ傾向が強く、こうした形式に強く惹きつけられています。
しかし、こうした反復的な購入行動は、単なる趣味や流行だけでは説明しきれない側面を持っています。
そこには「サンクコスト効果(sunk cost fallacy)」と呼ばれる心理的なバイアスが深く関わっています。
サンクコスト効果とは
サンクコスト効果とは、すでに支払った費用や時間、労力といった「回収不能な投資」が、将来の意思決定に不適切な影響を与える心理的なバイアスのことを指します。
たとえば、「もう3回チャレンジしたから、あと1回やれば成功するかもしれない」や、「ここまで頑張ったのだから、今さら引き返せない」といった思考が、それにあたります。
合理的に考えれば、過去の投資は取り戻せない以上、それを基準にして行動を決めるべきではありません。
しかし、消費者はしばしば、失ったものを取り戻そうとする気持ちに引っ張られてしまいます。
この心理現象は、ビジネスやマーケティングの現場でもよく見られます。
たとえば、サブスクリプションサービスに加入しているユーザーが、すでに支払った分の元を取ろうと利用を続けたり、スマートフォンゲームでガチャを回した結果が思わしくなくても、「ここまで課金したのだから」とさらに課金を重ねるケースがそうです。
「欲しいアイテムが出ないかもしれない」と言われても買い続けるのか?
サンクコスト効果が発生するのかを確かめたSCIE(※1)のチャオ・ジアンらの実験があります。
この実験では160人の高校生を対象に、ブラインドボックス(中身の商品が分からない箱)の購入の判断をさせました。
このとき参加者は以下の2つのグループに分けられました。
- 購入前の段階で「欲しいアイテムが出ないかもしれない」と伝えられるグループ
- 途中まで購入した段階で「欲しいアイテムが出ないかもしれない」と伝えられるグループ
どちらのグループも「買い続けるかどうか」を問われ、その判断の理由をアンケートで答えてもらいました。
(※1シンセン・カレッジ・オブ・インターナショナル・エデュケーション)
買い続けた人ほど途中でやめられない
実験の結果、すでに複数のボックスを購入していた参加者の方が、まだ購入していなかった参加者よりも「今後も購入を続けたい」と答える割合が明らかに高くなりました。
とくに7箱目まで購入していた時点では、その傾向がより強く見られました。
これは、すでに費やした金額や時間が意思決定に影響を与えていたことを示しており、サンクコスト効果が働いていると考えられます。
さらに興味深いのは、性別による違いがはっきりと表れた点です。
女性の参加者は、男性に比べてこの心理的バイアスに強く影響されていることが判明しました。
これは女性のほうが過去の投資への執着が強くなりがちなことを示唆しています。
実験後のアンケートでも、女性の多くが「ここまでお金をかけたのに、やめるのはもったいない」「もう少しで当たる気がする」といったを記していました。
サンクコスト効果をマーケティングに活かす
今回の実験は、Z世代を対象としたマーケティングにおいて非常に重要な示唆を与えてくれます。
とくに高校生のような若年層は、消費行動において合理性だけでなく、過去の投資に対する感情的な執着に強く影響される傾向があります。
つまり、「ここまでお金をかけたのにやめたくない」「時間を費やしたからもう少し続けたい」といった思考が、次の購買を後押しすることが多いのです。
このような心理状態は、従来の価格訴求型や機能訴求型のアプローチとは異なる、情緒に寄り添ったマーケティング戦略を求める背景となっています。
ガチャやクジ引きのように、「何が出るか分からない」という偶然性と、「シリーズを集めたくなる」といったコレクション性を掛け合わせた商品は、このサンクコスト効果を自然に引き出します。
消費者は、購入するたびに新たな期待を抱き、もし目当てのものが手に入らなくても「次こそは」と考えて購入を続ける可能性が高まります。
この体験そのものが、商品に対するエンゲージメントを深め、ブランドへの愛着を育てるきっかけになるのです。
サブスクリプションでも応用可能
サンクコスト効果は、サブスクリプションモデルや段階的成長を取り入れたサービス設計にも応用できます。
たとえば、初回購入時に限定アイテムや特典を提供し、さらに次の段階に進むことでより魅力的な報酬が得られるような仕組みを作れば、利用者は「せっかく始めたから最後まで使おう」と考える可能性が高まります。
また、時間をかけて積み重ねた成果が可視化される仕組みがあると、途中離脱への心理的ハードルも上がります。
倫理的な配慮が必要
しかし、こうした心理を利用する際には、倫理的な配慮が欠かせません。
ユーザーが望まないかたちで長く留まらざるを得ないような設計や、過剰な課金を誘導する仕組みは、短期的な利益は得られても、ブランドへの信頼を損ねるリスクがあります。
重要なのは、ユーザーが自ら進んで「続けたい」「もっと関わりたい」と思えるような体験設計を行うことです。
感情を軸にしたマーケティングは、うまく活用すれば顧客との長期的な関係を築く強力な武器になりますが、その前提には誠実な体験価値の提供が必要です。
つまり、サンクコスト効果をうまく活かすには、単に「やめにくくする」だけではなく、「続けたくなる理由」をつくることが重要ということです。
その理由が納得感と満足感をともなっていれば、ユーザーは自発的に商品やサービスを支持し、長く関係を持ってくれるでしょう。
心理のメカニズムと倫理のバランスを取りながら、価値ある体験を創り出すことが大切です。
参考文献:Ziyan Qiao. (2023). Sunk Cost Fallacy in Blind Box Consumption Among High School Students.