消費者は無意識のうちに商品名からイメージを受け取っています。
たとえば「エナジーブースト」や「パワープロテイン」といった名前を聞くと、活力や動きを連想し、「元気になれそう」と感じることがあります。
このように活力、前進、動きを示す特質を心理学では「ロコモーション」と呼びます。
最新の研究によれば、このロコモーション的な商品名への好みは、一日の時間帯や季節によって変わることが分かっています。
朝は体内リズムの影響でエネルギーが不足しているため、自然と「元気を与えてくれそうな名前」の商品に惹かれやすくなります。
逆に、夕方から夜にかけては覚醒度が高まるため、落ち着いた印象の名前の商品も選ばれやすくなるのです。
つまり、消費者の購買行動は「どの商品を買うか」だけでなく、「いつその商品を見るか」によっても変わるということです。
ベーカリーの販売データを分析
クイーンズランド大学などの研究者が、商品の名前が持つ「ロコモーション(活力や動きのイメージ)」と購入される時間帯との関係を調べた研究があります。
この研究では、まずイギリスのベーカリーで162日間にわたって集められた8212件の販売データを分析しました。
データには購入日時と商品名が含まれており、それをベースとして「時間帯によってどのような商品名が好まれるのか」を調べました。
さらに、消費者の体内リズムを考慮するために、その地域の日の出時刻のデータを加え、購入が日の出から何時間後に行われたかも計算しました。
商品名のロコモーション度をスコア化
次に、商品の名前そのものが持つロコモーションを測定するために、325人の消費者に83種類の商品名を評価してもらいました。
具体的には、もしその商品が人間だとしたら「行動的かどうか」「やる気があるかどうか」といった観点で点数を付けてもらい、その平均値を各商品名のロコモーション得点としました。
たとえば「マイティ・プロテイン・ミール」は高得点、「ドリンキング・チョコレート・スプーン」のような商品は低得点と評価されました。
ロコモーションは朝に売れる
これらの得点を販売データに組み込み、時間帯との関係を統計的に分析したところ、明確なパターンが見つかりました。
朝の時間帯にはロコモーション得点の高い商品名が選ばれやすく、時間が進むにつれてその傾向は弱まっていたのです。
さらに、日の出時刻も影響していることが分かりました。夏のように日の出が早い季節では、朝の時間帯にロコモーション性の高い商品名が特に強く好まれました。
一方、冬のように日の出が遅い時期には、この傾向がやや弱まることが確認されました。
概日リズム(体内時計)が影響
このような結果となった理由は、私たちの体がもつ概日リズム(体内時計)が消費行動に強く作用しているからです。
概日リズムは、ホルモン分泌や体温、心拍数といった生理機能を一日の中で周期的に変化させます。朝はメラトニン(睡眠ホルモン)の影響が残り、覚醒度がまだ低いため、体がエネルギー不足の状態にあります。
そのため、人は無意識のうちに、活力を与えてくれそうだったり、前向きな動きを連想させる商品名に強く惹かれます。これは、朝にコーヒーやエナジードリンクを欲しくなる感覚に近いものです。
一方、日中から夜にかけては体温や心拍数が上昇し、自然と覚醒度や活力が高まります。そのため、あえて元気づけてくれる要素を商品名から求める必要性が減り、むしろ落ち着きや安心感を与えてくれる名前の方が選ばれやすくなります。
加えて、この効果は季節による日の出時刻の変化の影響も受けます。
夏は日の出が早いため、体のリズムが前倒しされ、朝から活力を補いたい欲求がより強く現れます。その結果、ロコモーション的な商品名が一層好まれる傾向が見られます。逆に、冬は日の出が遅く、体の覚醒も後ろ倒しになるため、この効果が弱まります。
つまり、人間の生理的な覚醒度の変化と、季節ごとの太陽のリズムが消費者の好みに影響を与えているのです。
小売店はどう訴求するべきか?
小売店にとっては、時間帯や季節に応じて商品訴求を柔軟に変えることが、売上向上につながる有効な戦略となります。以下に具体的な取り組み例を示します。
店舗内での動的な商品訴求
デジタルサイネージや電子メニューを活用し、朝は「活力」「元気」「動き」を連想させる商品名を強調して表示し、夕方以降は「くつろぎ」「落ち着き」といった要素を前面に出すようにします。これにより、消費者の心理状態に合った商品を自然に訴求できます。
季節に合わせたキャンペーン展開
夏のように日の出が早い季節には、朝向けの商品名を積極的にプロモーションすることで、消費者の需要に合ったアプローチが可能です。一方、冬には朝の覚醒度が低い時間帯が長いため、より長く活力を訴求する商品名を前面に出す戦略が有効です。
オンライン広告やSNSの時間帯最適化
デジタル広告やSNS投稿の配信時間を工夫し、朝には「エネルギーを補う」商品を訴求し、夜には「リラックスを促す」商品を紹介することで、より効果的にターゲット層へアプローチできます。
商品名・パッケージの柔軟な活用
同じ商品でも、時間帯や季節によって異なるキャッチコピーを使い分けることができます。例えば、朝は「パワーブースト」、夜は「リラックス」といったように、状況に応じて印象を変える工夫が考えられます。
オンラインサービスの利用促進にも
この研究から得られる示唆は、単に「時間帯に合わせた販売戦略」だけにとどまりません。
人々の生理的リズムが購買行動に影響する習性は、食品や飲料に限らず、フィットネス、旅行、さらにはオンラインサービスの利用促進など幅広い業界にも応用できます。
例えば、朝の低覚醒状態に合わせて運動系アプリが「今日の一歩を踏み出そう」と通知を送れば、利用者の行動を後押しできる可能性があります。
消費者の体内リズムを前提としたマーケティングを実践することで、より自然に、そして長期的な信頼関係を築くことができるのです。
参考文献:J Collinson. 2020. Time is money: Field evidence for the effect of time of day and product name on product purchase.