ヘッジファンドとは、富裕層や機関投資家から集めたお金を使って、さまざまな手法で利益を追求する投資ファンドのことです。
柔軟な投資スタイル(株・債券・為替・デリバティブなど)を取れることが特徴です。
また、「空売り」などの、価格が下がっても利益を出せる戦略を取ったりもします。
こうしたリスクの取り方には、ヘッジファンドごとの差がありますが、これにはオフィスが何階に入っているか?が関係しているという調査結果があります。
そして、この知見はマーケティングに応用することもできます。
ヘッジファンドのリスク選好とオフィスの入居階
調査を行ったのは、マイアミ大学のシーナ・エステキー准教授らの研究チームです。
世界中に存在している約5,000のヘッジファンドの中から、オフィスの階数が確認できる3,147社を、ピックアップして調査しました。
各ヘッジファンドの「リスクの高さ」の指標として、年間のボラティリティ(価格変動)を使いました。
これは、そのファンドの価格が1年間でどれくらい上下したかを示すもので、値動きが大きいほどリスクの高い商品に投資していると考えられます。
そして、それぞれのヘッジファンドが何階にオフィスを構えているかを調べ、1階から96階までの位置を数値化しました。
ボラティリティと階数のデータを重ねて分析したところ、弱いながらも統計的に有意な相関がありました。(相関係数 r = 0.04、p < .05)
つまり、オフィスの階数が高いヘッジファンドほど、リスクの高い運用をしていたのです。
なぜ高い場所にいるとリスクを取りやすくなるのか?
なぜオフィスの階数が高いヘッジファンドほど、リスクの高い運用をしていたのでしょうか?
高層階という危険な場所にいることで、リスクに対する感覚が麻痺するからでしょうか?
そうではありません。
これには、「高い場所にいると自分に力があるように感じる」という心理現象が関係しています。
過去の心理学研究では、人間が物理的な高さを「権力」や「優位性」と結びつけやすいことが知られています。
「上の立場にいる」「地位が高い」といった言い回しもあるように、高い場所にいることで自然と「自分は強い立場にいる」と感じるのです。
このような感覚が強まると、自信を持ちやすくなり、その結果として「リスクを取っても大丈夫だろう」という判断をしやすくなると考えられます。
つまり、高層階にいることで、自分の力に対する感度が高まり、それがリスクを取る方向へと意思決定を押し進めるということです。
昇りエレベーターの中ではリスク選好が強まる
このことを証明するような実験も行われています。(というより今回の研究論文のメインはこちらの実験です)
実験では参加者に高層ビルのエレベーターに乗ってもらい、昇降中に投資判断を行ってもらいました。
具体的には、3分の2の確率で投資額を失い、3分の1の確率で投資額の約2.6倍が返ってくる、という条件のもとで、手持ち資金のうち、いくら投資するか?を判断しました。
この結果、エレベーターで上昇しているときの方が、下降しているときより多くの金額を投資する傾向が見られました。
上昇中には平均して約50.9%の金額を投資し、下降中には約44.8%を投資していたのです。
この差は統計的に有意であり(t = 2.48, p = .01)、高い場所に向かっているときに、人はリスクを取りやすいことが確認されました。
別の実験では、参加者を1階と3階に分けて単語の連想テストを行っていますが、3階の参加者のほうが、権力に関連する単語を想起しやすく、投資判断においてもリスクを取りやすくなることも分かっています。
「場所の高さ」をマーケティングに応用する
今回の実験結果は、人間のリスクに対する態度が物理的な空間、特に「高さ」によって変化することを、教えてくれました。
この知見は、マーケティング戦略においても応用可能です。
たとえば、高額商品やリスクを伴う商品(投資、保険、長期契約など)を提案する場面では、商談やプレゼンを高層階の会議室や展望の良いラウンジで行うことで、相手のリスク選好を高め、前向きな判断を引き出せる可能性があります。
また、展示会やポップアップイベントなどで商品を紹介する際も、建物の上層階や屋上テラスといった「高さを感じられる空間」を選ぶことで、来場者の心理に影響を与えることができます。
さらに、オンライン環境でも応用が考えられます。
ウェブサイトやアプリのデザインにおいて、「上昇感」や「高さ」を連想させるビジュアル(上昇するアニメーション、高層ビルや空からの視点を使った画像など)を取り入れることで、ユーザーの行動にポジティブな影響を与える可能性があります。
特に、チャレンジングな選択肢や新しい体験への誘導を促したい場合には有効です。
このように、商品の魅力を伝えるだけでなく、「どんな環境で伝えるか」に注目することが、消費者心理に働きかける有効な手段となり得ます。
ぜひ、空間設計や店舗戦略の見直しに応用しましょう。
参考文献:Sina Esteky, Jean D. Wineman, David B. Wooten. (2017). The Influence of Physical Elevation in Buildings on Risk Preferences: Evidence from a Pilot and Four Field Studies.